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立て直しです(復帰訓練11日目)

気持ちが落ちていたことと、一度記事をアップしたところ、アップを拒否されたのであきらめてしまい、更新に間が開いてしまいました。すみません。

今週から期末テストが始まりました。試験監督にお呼びがかからず、ずーっと職員室で過ごす毎日です。教材研究をしながら、授業のイメージを描いているのですが、職員室に居続けることははっきり言ってきついです。

机に座っていると、考えなくてもいいことが浮かんできたり、昨年のことが蘇ってきて、一人まわりに気を遣い、自然と疲れていたのかもしれません。でも、自宅に帰り、今まで頂いたコメントを読み直しながら、自分の気持ちを立て直しました。

(子どもたちと一緒にいたい)

そのためにも、この復帰訓練を乗り越えなければ。

復帰訓練は終盤戦を迎えます。

これからも見つめていてください・・・・・・

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復帰訓練2週目終了

この1週間は、先週に比べ、冷静な心で学校に行けたと思います。

毎日空を見つめ、オフコースを聞きながら、気持ちの静まりを自分で確認しながら校門をくぐってきました。

今週は4時間の訓練でしたが、内容的には先週と変わりませんでした。でも、子どもたちとのふれあいは日に日に増えていっています。

職員室でも、「ボクは復帰訓練中だから・・・」と、はやる気持ちを押さえ、まわりの雰囲気に左右されないように心がけました。

来週からは、授業にはいることもあるかもしれませんが、いい顔で子どもたちと会いたいと思います。

今日は妻が遅いので、家でも主夫で頑張ります。

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また遊びに来てね

先日の日記「いかに生きたか」に書きましたが、約1週間前にお母さんを亡くした教え子の家に遊びに行きました。

約束の時間にちょっと遅れてしまったので、待っていてくれていたのでしょう。玄関のチャイムを鳴らす前に二女が家を飛び出してきて、迎えてくれました。

お母さんの祭壇に挨拶をし、しばらく雑談したあと、お母さんにまつわる話を聞きました。告知の前には自分の運命を悟ってあったらしく、命が尽きるまで少しでも長く生きようと闘った様子と、ボクが抱いていたお母ちゃんの元気だったころの姿と重なりました。

家を姉妹で守っている様子や、その他のいろいろな話を聞きながら、二人を励まそうと思っていたボクが彼女たちから励まされているような気がしました。

「先生やせたみたい。大丈夫?」

ボクが休職をしていたことは話していませんが、知っているのかもしれません。

「やせたか?でも大丈夫?最近、毎日をどう楽しく生きるかを考えるようになったよ。」

「ふ~ん。そうだよね・・・。」

いろいろな思い出話に花が咲き、その後お母ちゃんに挨拶し、家をあとにしました。見送りに来てくれた二人は別れ際に、

「先生、また遊びに来てね。」と言ってくれました。

「当然です!!」笑顔で応えました。

深い悲しみを乗り越えようとする彼女たちの姿、輝いていました。

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笑顔に囲まれて(復帰訓練5日目)

日曜日からだんだんモチベーションが下がっていることを密かに感じていました。今日の出勤は12時から。気持ちを立て直している、11時過ぎにハプニングが起きました。

母は「父さんは寝ているから、今のうちに買い物に行くから。頼むね。」といって出て行きました。ボクははなのブラッシングで気を紛らわしていると、突然父の泣き声が・・・。

部屋に行ってみると、父は目を覚ましており、手をはじめ、まわりに汚物がべっとり。

ちょっとパニックになりながら、母に連絡を取りました。幸いに母はすぐ帰ってきてくれて、二人で後始末をしました。そんな感じだったので、凹む暇もなく学校へ向かうことができました。

学校に行くと、すぐ校長から「GTU先生にも副任としての動きを少しずつしてもらおうと考えているけどいいかな・・・」と言われました。「はい、できることはします・・・」そう返事しました。

職員室に行き、給食の準備をしていると、いじめ・不登校担当の教員から、「午後から出張に行くから、不在する6校時の相談室にいる子どもたちに勉強を教えてくれませんか?」と言われました。

2時間近く職員室で過ごしたあと、6校時目に相談室に行きました。学校には来られるけど、教室に入ることができない子どもたちが待ってくれていました。

「先生、どうして休んだの?」「う~ん。疲れ果てたからかな・・・・。」

一人の生徒は昨年教えたことがあり、スムーズに彼らに入り込むことができました。

2.3年生の5人の子どもたちは50分の間、たくさん笑顔を見せてくれました。学習中、テレビの話に脱線したりもしましたが、それぞれが個人で準備している教材を一生懸命学習していました。その間、顔を見ながら、こころが痛くなりました。

「でも、この子どもたちはここで生かされている。」1時間の間に2年生の歴史、3年生の公民を一緒に学習することができ、あっという間に終業時間になりました。

今日は本当に楽しかったです。明日も楽しいことを探したいと思います。

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復帰訓練1週目終了!!

復帰訓練1週目がどうにか終わりました。

1週間の終わるのが早いこと早いこと。あっという間の1週間でした。

今週の目標は、職場の雰囲気に慣れることでしたが、果たしてどうでしょう。

微妙に浮いているのを感じながらも、出勤時間はまちまちな中、毎日学校に行くことへの緊張感が薄れてきていることで、良しとしたいです。

さぁ、来週からは授業、朝・帰りの会、給食指導などの内容もはいってきます。

この週末でリフレッシュして、第2週目も明るい気持ちで望みたいと思います。

そういえば、明日は二男の小学校で、親子レクレーションがあり、ボクが参加します。二男と楽しんできます。

毎日が休みだった今までと違い、土、日曜日は休みなんだということを実感できることがとても嬉しいです。

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復帰訓練3日目

今日は全校テストいうこともあり、学校に着いたときはひっそりしていました。

今日の復帰訓練は午後から3時間でした。先日の記事にも書いていましたが、1年ぶりの給食でした。といっても、副担任の職員と会議室でとったので、何か味気なさを感じました。職員の雑談を聞きながらも、自然と給食をかき込んでいる自分がいました。給食指導は確かに大変なのですが、食欲旺盛な子どもたちの笑顔を見ながら食べることがどれだけ楽しかったかを思い出していました。

その後は昼休み。職員室で職員がバタバタと動き回っている中、学校通信や共済だよりなどを読んでいました。すると、

「GTU先生だぁー!!」女の子の声が聞こえてきました。見ると、二人の生徒が職員室のドアのガラス越しに手を振っているのが見えました。自然と足が向きました。

「ごめんね。迷惑かけちゃったね・・・・。」

「先生、いつから授業?何年生を教えるの?何年生の先生になるの?・・・・・・・」

そんなに矢継ぎ早に質問されても、はっきりとは答えられないよ・・・・。今ボクは復帰訓練中。訓練の結果と診断書を添えて審査があり、うまくいけば完全復帰は3学期になるのですから。

でもこう言いました。

「間に合った・・・。卒業するまでに絶対帰ってこようと思ったから・・・・。間に合ってよかったぁ・・・」

二人は嬉しそうにうなずいてくれました。

はっきり言って、職員室にいるのがつらくなるときもあります。中途半端な立場だし、まわりの職員も腫れ物に触るよう気を遣ってくれているのが痛いほどわかります。職員室でいろいろな文書に目を通していますが、はっきり言って文字が頭にはいってきません。そしてふっと心の中でいろんなことがよぎっては、それを打ち消しながら座っています。

でも、途中で投げ出してしまった罪を免じてもらうためにも、絶対復活するぞって思っています。

教師を辞めようと決意した1年前。恐れるものなど何もない。

そう思いながら、自分を奮い立たせています。

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復帰訓練2日目

復帰訓練の2日目が終わりました。

いつものように「心が穏やかでありますように・・・」とこころの中でつぶやき、そして空を見つめ、学校に行きました。

昨日は来賓用のスリッパで過ごしましたが、今日は昨日綺麗にした愛用のサンダルに履き替え、「おはようございます」と挨拶をし、職員室に入っていきました。

席に着くやいなや、教頭先生が笑顔で話しかけてこられ、1時間ほど喫煙所で雑談をしました。教頭先生は以前の同僚で、また同教科ということもあり、緊張せずに授業のこと、受験のことなどを話すことができました。

その後は、教科の指導法についての本を1時間読みました。

中途半端な時間に出勤し、2時間で退校するのは少し気が引けます。というのも、まわりの様子をうかがっていると、みんなバタバタ忙しく動き回っているからです。

(1年前はボクもこうだったんだなぁ。)朝練から始まり、夕方4時半に放課、その後8時まで部活動。そして家庭訪問や雑務をして、自宅に帰るのはいつも9時過ぎ。朝は4時には起きて、その日の授業の準備をしていました。睡眠時間は4時間とれればいい方でした。

でも、今は、復帰訓練中。遠慮しないで、帰ろうと思います。復帰したときに頑張ればいいんだから・・・。そして、1年前のような1日を送ろうとは思いません。いいえ、たぶん送れないでしょう。でも、それでもいいんです。できることを丁寧にしていけば、それでいい・・・。

明日は休みにしてくれました。そして、明後日の復帰訓練は午後から4時間になります。職員と給食を食べ、5時までの訓練です。さぁ、頑張らなくっちゃ!!

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復帰訓練1日目

職場復帰訓練1日目が終わりました。

今週の訓練の目標は、職場の雰囲気に慣れることです。

今日は訓練初日ということもあって、10時から2時間だけの出勤でした。2時間何をしていたかというと、校長室で校長、教頭と訓練の内容を確認、職員室で行事予定を確認したり、それを手帳に書き込んだり、学校経営要項(今年1年の方針が書かれてあります)を読んだりしていました。

嬉しかったのは、下足置きにボクのスペースが残されてあり、1年前から時間がストップしていることを象徴するかのように、埃まみれになった靴とサンダルがありました。新しいものを買わなくちゃいけないかなあと思っていたのですが、いらぬ心配でした。早速サンダルを洗い、干しました。

机も用意してありました。それも、職員が唯一たばこを吸う場所に行ける、出入り口に一番近い場所にありました。だから、たばこを吸いに出て行く職員とスムーズに雑談ができました。休職し、迷惑をかけたことで一番気になっていた職員にも頭を下げることができました。

職員室に来る生徒はほとんどいなく、生徒には会いませんでした。ただ昨年ボクが担任をしていた不登校の男の子が、学校に来ている姿を見ただけで、ホッとしました。

退校の際、職員に挨拶し、車に乗るときに空を見ました。

「頑張りましたよ。」

たった2時間だけの出勤でしたが、疲れました。

明日も、ボチボチ頑張ることにします。

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いかに生きたか

「先生、A子ちゃんのお母さんが病気で亡くなりました。先生にお別れに来て欲しいと言っています。A子ちゃん、喪主をするんです・・・・。」

昨日、教え子から電話があり、教え子のA子のお母さんが亡くなられたことを知りました。

お母さんはさっぱりした気持ちのいい方で、ボクと話がよく合いました。女手一つで二人の娘さんを育て上げ、苦労もたくさんされたことだと思います。長女、二女ともにボクの教え子です。二人ともお母さん譲りの性格の持ち主で、明るくしっかりしていて、何にでも頑張る生徒でした。

1年前に病気が見つかり、入院先の病院で病魔と闘っていたのですが、可愛い娘たちを残し、あまりに若すぎる旅立ちでした。

(知らなかった・・・。お見舞いに行きたかった・・・・。)

葬祭場は多くの参列者が来られていました。お葬式が進むに連れて、深くなる悲しみが、会場を包んでいきました。

焼香の番になり、彼女たちの前に行くと、きっとした顔でボクに力強く頷いてくれました。ボクも彼女たちに頷きました。

最後は喪主からの挨拶の言葉・・・・。A子は気丈に挨拶し、涙を見せませんでした。本当に立派な挨拶でした。

ボクはどんよりした空を見上げ、お母さん、そしてこれからのことについて考えていました。

お母さん。心残りだと思います。でもあなたは、こんなに素晴らしい二人の娘に恵まれ、こんな多くの方に別れを惜しまれています。お母さん、幸せだと思いますよ。

そして・・・、人生は長さではない。いつまで生きるかが問題ではなく、いかに死ぬか。つまりいかに生きたか、が重要なんだ。

彼女たちの気持ちが少し落ち着いたら、話をしようと思います。

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あひるの空

こころにあたためていたもの、それは・・・・

休職している間、たくさんの本とマンガを読みました。マンガというと、えっ!と思われる方がいるかもしれません。ボクもそれまではほとんど読んではいませんでしたから。しかしながら読んでみると、なかなかの名作がたくさんあるんです。そんな機会を与えてくれた子どもたちに感謝しています。

例えばユリケンヌさんの「SABER-TIGRESS」というブログに紹介されてありましたが、「ナルト」というマンガはボクのお気に入りの一つです。(詳しくはユリケンヌさんのブログ名をクリックして、ごらんになってください。)いろんなことを考えさせてくれます。他にも、「ワンピース」などもそうです。この二つのマンガは共にテレビでも放映されているので、ご存じの方も多いと思います。

ボクが特に最近ハマっているのは、「あひるの空」。バスケットマンガですが、とても雰囲気のある素晴らしいマンガです。その中でも、特に8巻は名作だと思っています。発行されたのは8月。そのころ、ボク自身、いろんな思いから復職への具体的な道筋が見えていない頃でした。

ストーリーを簡単に紹介すると・・・

****

主人公車谷空(くるまたに そら)は身長149センチのバスケットを愛する高校1年生。彼は九頭龍高校(通称クズ高)に入学し、念願のバスケット部に入部する。

バスケット部といっても名前だけで、先輩たちはまるでやる気がなく、ケンカに明け暮れる毎日。空は、そんな先輩たちを持ち前の明るさとバスケットを愛するこころで変えていく。そして、いよいよインターハイ予選を突破するためにみんなで猛練習をしていく・・・。

8巻では空は1年生の茂吉要(しげよし かなめ)とクラスマッチで初めて出会う。彼は身長198センチ。小学6年生の時には、すでに180センチあり、期待の星として強豪校、西条中学校に進学する。しかし、まわりの期待を裏切り、挫折し、バスケットをあきらめるためにクズ高に入学したのだった。

8巻はそんな要が、空たちと出会い、バスケット部に入部していくまでを描いている。要と先輩たちのやりとりで

要の姉「要は中学もね、チームや学校のみんなの期待の星だったのよ。」

要 「人の気持ちも知らないで、勝手に期待されても困るんだよ。僕はただ、フツーにバスケがしたかったんだ。なのに、勝手に僕に期待して、勝手に失望してったんじゃないか!」 

千秋「いいなあ、オマエ。俺タチなんて期待されたことすらないぞ。」

百春「俺ら、底辺の集まりみてーなもんだ。そんな連中が、インターハイ目指そうってんだ。笑っちまうだろ。」 

そんなやりとりがあり、要は少しずつ気づいていく。

要「僕はばかだ・・・・。僕に失望してたのは、僕自身じゃないか

行かなきゃ・・・・もう一度あそこに・・・

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現任校に赴任したばかりなのに、大任を任されました。そして多くの人の期待を裏切る形で休職になりました。「まわりの人達はボクのことを失望している。どの面提げて学校に戻れというのか・・・。」少しずつ元気を取り戻していきながらも、そんなことを考えていました。

でも、1年近く経って、ようやく要のように、ボクがボクに失望していたんだと気づいたのです。どんな自分であっても、まわりから失望されていても、ボクがボクを信じてあげないと・・・。そこから光が少しずつ差してきたように感じたのでした。

だから、もう一度、あの子たちがいる学校に行かなきゃって思えたのです。

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月曜日から学校に戻ります。いつか、このことを書こうと思っていました。

長々と書きました。読んで頂いた方、ありがとう・・・。

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ALWAYS 三丁目の夕日

昨日、復帰の前にどうしても観たかった映画、「ALWAYS  三丁目の夕日」 を観てきました。本当に素敵な映画でした。

「パソコンも携帯もテレビもなかったのに、どうして楽しかったのだろう。豊かではなかったけれど、明日への夢があった・・・」

ボクがまだ生まれていない昭和33年が映画の背景になっていますが、2時間近くの間、懐かしい思い出が重なって、こころがツンとなりました。

とってもいい映画です。

東京下町、夕日町三丁目。そこで繰り広げられるすべての出来事が、ボクのこころの中にも確かにありました。

よかった・・・。こんな映画に出会えて。

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リハビリテーション

今日本屋さんで、「家庭でできるリハビリテーション」という本を買ってきました。

昨日の記事にコメントをくださったmilouさんからアドバイスを頂いて、父の「廃用性萎縮」をストップさせたいと思ったからです。大きな絵も描いてあるので、とってもわかりやすく、不器用なボクでもできそうです。まずは家族の誰かを実験台に練習したいと思います。訪問リハビリの方が来られない曜日に、笑顔をたたえ、余裕のある雰囲気を醸し出して、父を安心させながらリハビリをしていきたいと思います。何はともあれ、やってみます。

父に対して、また、介護に対して楽な気持ちになれたのは、本との出会いがあったからです。その本は飯田栄彦さんの「ラストプレゼント 介護は親からの贈り物」。相当前に購入したのですが、その存在を忘れていて、ボクの書棚で埃をかぶっていたこの本を偶然見つけ出したのです。いろいろと考えさせられる素敵な本です。よかったらどうぞ。

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心配なこと

今日の午前中、父の訪問リハビリがありました。その間、ボクはいつものようにウォーキング、そして買い物に行きました。

嬉しいことに、手術した左股関節の痛みは、日に日に和らいでいっています。でも、1日中寝たきりなので、脳梗塞で麻痺した右半身がだんだん膠着してきているようです。今日のリハビリでは、右側の手足を動かすと痛みが走り、リハビリをたびたび拒否したと母から聞きました。

主治医から、股関節の痛みを訴えている間は、無理に動かしてはいけないと言われました。だから、痛みに敏感になっている父やボクたちは、父の手足を動かすことに二の足を踏んでいました。でも、状況は新たなところでだんだん厳しくなっているようです。

明日本屋さんに行って、リハビリ関係の本を探し、基本から勉強してみようと思います。

今できることを精一杯やるしかありません。

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1週間の過ごし方

まずは、二男の試合のことですが、(前前回の記事「痛っ!!」のコメントを読んで頂いた方はすみません)

2回戦で負けました・・・・。力負けです。完敗でした。二男のチームに勝ったチームは日曜日の決勝戦に勝利し、優勝しました。長男の雪辱はなりませんでした。ただ、二男はその試合で3クォーターも試合に起用してもらい、全力プレーを見せてくれました。けがを押して必死にプレーしている彼の姿を見て、夫婦とも熱いものがこみ上げてきました。いろいろと心配な子なのですが、本当にたくましくなったものだと思っています。(親バカで済みません。m(_ _)m)

さあ、来週の月曜日から復帰訓練スタートです。それまでの間、何をしておかなければならないかなあと考えていますが、今日も今まで通りのリズムで生活しました。

体力の回復は順調だと思います。歩いていて、ずいぶんと足取りは軽くなり、料理で数時間立ちっぱなしでいても大丈夫です。頭の方も、高校受験用のあらゆる問題を解きまくり、クリアーになっています。洋服のチェックも済みました。ブレザーとカッター、スラックス、チェックOKです。

あとはモチベーションの問題でしょうか。下がることは当然さけなければなりませんが、上がりすぎることも要注意だと思っています。

6月から始めたブログですが、最初から記事とコメントを丁寧に読み直し、その時その時のボクの気持ちと、励ましのコメントの数々を読み直してみようと思っています。

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生涯一教師

最近「GTO」の再放送が始まりました。

何を隠そう、ボクのHNのもとになった8年前?の番組です。

当時の懐かしい思いが蘇ります。

「あなた、この番組(GTO)の主人公に似てるんじゃない?」という妻の一言で見だしたこの番組。はちゃめちゃだけど、子どもたちと共に精一杯生きる純粋な教師の姿に引き込まれていきました。

でも、いつからこうなってしまったんだろう?

教師として、社会人としての力量を高めたいという純粋な思いだけで研修を受けました。その結果、管理職になることをすすめられるうちに、ボクの検証軸は少しずつ狂っていきました。今思うに、それはプライドと慢心です

そんな力量もないのに・・・。そんなこと望んでいたんじゃないのに・・・。子どもが好きだから教師になったのに・・・・。そのブレはボクの弱さだったんです。

先日、大切な友人と酒を酌み交わしました。その友人は今までボクをずっと支え続けてくれているかけがえのない友人です。時には厳しいことも示唆してくれます。ボクが今やっているウォーキングも彼のアドバイスがあったからでした。

「人を相手にするのではなく、天を相手にしろ。」

彼はボクにそう教えてくれました。

そのことがあって、なぜか偶然にもGTOの再放送が始まりました。不思議でたまりません。なぜ今なのか・・・。天はボクに何かを語ってくれているのでしょうか。

「生涯一教師」この言葉、本当にいい言葉だなあと思います。

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痛っ!

今日は文化の日。二男は地域の子供会の催しで、レジャーセンターに遊びに行く予定でした。それも、小六ということでバスの中でのリクレーションもお世話することになっていました。そうでなくても、休みの日は友達のところへ一目散に遊びに行くはずの二男が、今日家にいます。それはなぜかというと・・・・。

昨日、学校から帰ってきた二男は、すぐさま「お父さん、見て・・・」と右足を突き出しました。

見てみると、右足の指先の部分の靴下が真っ赤に血に染まっていました。すぐに脱がすと、右足親指の爪の生え際のところから血が噴き出していました。「どうした?」尋ねながら止血をし、傷の応急処置をしました。

けがの原因は、学校から帰ってくるときに、道ばたに落ちていた石を蹴ったところ、目測を誤り、アスファルトにしたたか自分の足を打ち付けたということでした。

二男は痛さもさることながら、週末にある地区大会のことを心配していました。理由を聞いて情けなくなったボクでしたが、「血は止まったから大丈夫だと思う。でも、今日の練習は絶対無理をするなよ。」そう話して、二男をバスケットの練習に送っていきました。見学したり欠席すると、試合に出してもらえなくなるということがわかっているからでしょう。二男は痛い顔を見せませんでした。ボクもその大会の意味がわかっているからこそ、送っていったのです。

でも、その後、練習の最中に再度出血し、仕事帰りに練習を見に行った妻が見かねて、病院に連れて行くことになり、痛々しい姿で帰ってきました。目は真っ赤に充血し、泣きはらしたことがわかります。場所が場所なだけに縫うことはできず、特別な絆創膏を貼られたそうです。

「とにかく今日、明日は安静にして、傷が癒えることを最優先に。」と、二男を慰めました。

バスケット命の二男。三度の飯よりバスケが大好きな彼にとって、バスケットができないことは何よりもまして苦しいことです。ましてや週末の大会で、県大会に出場できるかどうかに関わる地区大会があります。長男もその大会の2回戦で敗れました。兄の叶わなかった願いを実現するために、二男は毎日の強化練習に頑張ってきました。何の因縁なのか、長男が敗れたチームと2回戦で戦い、勝てば県大会に出場できます。

どうか、試合に間に合いますように・・・・。

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パパ がんばれ

子どもが大きくなるのは早いものです。ということは、それだけボクも歳を重ねているわけです。長男は中二、二男は小六になりました。

ウォーキングをしていると、お母さんに連れてきてもらった子どもの姿をよく見かけます。道ですれ違うと、「こんにちは」と可愛い挨拶をしてくれる子もいます。そんな時は、ふと我に返り、挨拶を返します。(最近はボクから微笑んだり、挨拶することが多くなりました。)そして、時々我が子の小さかった頃のことを思い出すことがあります。

生まれてきてくれた赤ちゃんの頃の二人の姿。いつも「パパ~」と言って、走り寄ってきていた姿。けんかをしているかと思ったらもう仲良く遊んでいた姿。クリスマスの日にボクが化けたサンタを見て、本当にサンタが家に来てくれたと大喜びしていた姿。骨折したり肺炎で緊急入院したり、その他・・・。思い出は尽きません。

台所に、数年前、子どもが書いて張ってくれたこんな張り紙があります。DSC02669 今のように休職とはいかなくても、いろいろなことで悩み、苦しんでいたときに書いてくれたものだったと思います。

いよいよ11月が始まりました。

パパ、がんばるから。ね。

****

追伸:10月30日の日曜日に、いつもボクがウォーキングしている公園に、妻、そしてはなを連れだって遊びに行きました。その時の写真をマイフォトにアップしましたので、よかったら見てみてください。(^o^)

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