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10月を終える今

休職して以来、自分は教師として、そして一人の人間としても不要の人間なんだと思っていた時がありました。全てを丸投げして、教師としても、人間としても生きる値うちがない存在だと自分を責めました。

一方では、いつもボクはどんなふうに思われているだろうと、異常なまでに気にしていた自分もいました。「不要だと思われているはずだ。だけど、ボクのことを認めてほしい」そんな相反する考えを持った自分がいました。

まわりの目が恐ろしく、家から一歩外に出ることさえはばかられ、どうしても外出をしなければならないときは、帽子とサングラスをはめ、できる限りの勇気を振り絞って外出していました。と言っても、ほとんどが家に閉じこもっていましたが・・・・。

そうこうしているうちにボクは、休職になった原因や臆病になってしまっている今の姿に、ボクの鼻持ちならないプライドが大きく関わっていることに気づくようになりました。だめな自分を晒したくない・・・。頑張りすぎた自分とこわれてしまった自分。

だけど・・・。だめになってしまったのに、今更格好つけて何になる?だめな自分から始めればいい。時間はたくさんかかりましたが、そう思い出したとたん、楽になっていきました。

****

土曜日に、二男のバスケットの試合がありました。それも会場は、二男の小学校の体育館でした。今までは応援に行けませんでした。自分で自分をシャットアウトしてたのです。でも、今回は「声を出して応援できなくても、ぜひ二男を応援したい。」そんな思いで、会場に行きました。

二階のギャラリーの隅っこで、二男のプレーを見つめました。声に出して応援はできませんでしたが、思いだけは伝わって欲しいという願いで二男の姿を追い続けました。

ギャラリーにいたとき、ボクの現任校の職員が会場に来ていて、ボクを見かけ挨拶に来てくれました。その職員は、二男のチームメートのお母さんでもあります。

「GTU先生、復帰されると聞きました。」

「はい、1年以上かかっちゃいました。」

「みんな待ってますから・・・・」

ありがたいと思いました。その一言は、涙が出るほど嬉しかったです。

10月も今日で終わり。ボクにとって、忘れられない10月でした。そして、たぶん・・・

明日から始まる11月も忘れられない月になることでしょう。

今まで以上に、1日1日を大切にしたいと思っています。

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今までありがとう

休職して以来、外に出るときに欠かせなかったもの。

それは帽子とサングラス。

これを身につけ、素性がばれていることがわかっていても、はずすことができませんでした。DSC02652 DSC02653

今までたくさん助けてくれました。

ありがとう。

これからは外に出るとき、必要以上に、かぶったりかけたりしないようにしたいと思います。

本当に、今までありがとう・・・・。

そして、これからもよろしくね。

 

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クリアー

先日、ある決断をしました。それは、今日二男の小学校で行われる、修学旅行保護者会にボクが参加することです。

例年、この保護者会は、修学旅行を2週間前に控えた頃に開催され、体育館で親子並んで座って、旅行の説明を受けるというものです。

妻は仕事の都合でどうしても出席できないといいます。どうしようかと考えました。

隣に誰も座っていない二男が、ポツンと一人で説明を聞いている後ろ姿を想像しました。

たくさんの知っている教師や保護者がいる。う~ん。緊張するだろうなあ。

でも、今回はどうしても行かなければ・・・・。

そんな葛藤があった中で、出席することを決めました。

小学校の駐車場に早速と車を止め、時間を待ちました。

「ええい。どうにでもなれ!」車から降り、一目散に体育館へ。

クラスごとに並んでいるのですが、二男がどこに座っているのかわかりません。

目をこらしていると、笑いながら手を振ってボクを招いている二男を見つけました。

隣に座り、自分の気持ちを落ち着かせようと、さりげなく肩に手をやりました。

彼はちょっとはにかみました。

保護者会は30分程度で終わり、内容もちょっと拍子抜けでしたが、

ボクにとっての難関をクリアーできました。

よかった・・・・。

久しぶりに親らしきことをしてあげられました。

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ウォーキングのその後

今日は朝からいい天気。9時過ぎから日差しがポカポカしてきて、陽気に誘われるように早めのウォーキングに出かけました。

40分間から始めたウォーキングも、今は60分間ぐらいは楽に歩けるようになりました。ちょうど公園の外周を3周、約5キロの距離です。

でも、あまりに気持ちよかったので、今日は90分間ほど歩き、ちょっと頑張ってしまいました。汗がすぐに噴き出す身体になってきているのがわかります。

有酸素運動は血圧を下げる効果があるので、ずーっと高血圧気味だったボクの血圧はたぶん下がってきて、以前の血圧に戻ってきているのではないかなあと思います。不規則に動悸がしていたのが収まりつつありますから。

姿勢を正し、前をキッと見て歩く。木々から葉っぱが落ちてくる「カサッ」という音が耳に飛び込んできたり、だんだんと色づいてくる山々を時々眺めながら歩いています。自然っていいなあと感じます。いろんなことが頭によぎったりもしますが、しばらくすると「無」の境地になります。ひたひたと歩くボクの足音だけが響きます。まわりの音から遮断されます。

行き交う人とも会釈を交わすようになりました。

ウォーキングはボクの一生の趣味になるかもしれません。

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笑顔パワー

父が退院してもうすぐ2ヶ月。左の股関節の手術をし、若干痛みは術前に比べ和らいだものの、今だ痛みを訴えます。挙げ句の果てに麻酔の後遺症で脳梗塞を併発し、右半身麻痺になり、完全に歩くことができなくなりました。寝たきりで1日を過ごす父。自分の意志を言葉でうまく伝えることができず、泣くことでしか自分の気持ちを表せません。父の泣き声が常に残響として頭にこびりつき、重たく、そして戸惑いました。運命を呪いもしました。

母もリウマチを患い、自分のことで精一杯のところがあるのに、毎日父を必死に介護しています。家にボクがいるので、甘えればいいのですが、こんな状態の息子の手をなるべく煩わせまいとしています。最近、ちょっと疲れ気味です。笑顔が少なくなっていきました。

戸惑っていたボクは、時間が経つとともに、今の父を受け止めることから始めよう、くよくよ考えても仕方ない、過去のことではなく、将来を見つめることが大事なんだと考えることができるようになりました。ある種の悟り?開き直り?です。でも、そのことでものすごく気が楽になりました。

そう思うようになったときから、復帰への意欲が沸々とわき上がってきました。ボクが復帰しようと思った要因の一つは、そんな両親の姿を見て、「せめてボクのことだけでも安心させたい」という思いが確かにありました。それだけではありませんが・・・。先日から学校に二度行けましたが、父は泣いて喜んでくれました。待っていてくれていたんです。

特に最近は、両親がきつい思いをしているからこそ、「笑顔が大切」と思い、意識的に両親を笑わせようとしています。それが、今何もできないボクができる親孝行です。

母は病気の関係で、寝る前に入浴します。その間、ボクは両親の部屋に行き、枕元で父といろいろなことを話すことが恒例となっています。話すといっても、ボクが一方的に話すのですが・・・。時には父をからかい、色気話もします。それにつられて父も笑います。時には、うなり声のような声を上げ、顔を引きつらせながら笑います。ボクも笑っています。そして、そんな様子を風呂から上がってきた母が見て笑います。そして笑った後、「おやすみ・・・」といって寝室に戻ります。

そんなことをやっているうち、最近父が言葉を話すことが増えてきました。相変わらず、聞き取れないときが多いのですが、泣かないで話そうとしているのがわかります。昨日ははっきりと、「痛いにきまっとる」と言いました。笑っていることが、脳にいい影響を与えているに違いありません。顔の筋肉のリハビリにもなっているんだと思います。こんな風に、少しずつでも前に進んでいこうとしている父と母を見て、笑顔って大事だなあと思います。

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そう言えば、昨日両親の夢というか目標を教えてもらいました。来年再手術し、歩けるようになったら二人でハワイに行くそうです。どんな夢でもいいです。実現できたらいいね。

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コスモス

車をしばらく走らせると、綺麗なコスモス畑があります。

少し散ってしまったようですが、それでも綺麗で、多くの方が訪れていました。

今日、買い物帰りに、デジカメでちょっと撮ってきました。(クリックしてみてください) 

コスモスを見ていると、こころがふっと軽くなりました。DSC02645

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まだ20日もある!!

朝、いきなり校長から電話がありました。

「先日の診断書以外に、もう一通別の診断書がいるから病院に行って書いてもらい、学校に持ってきてくれないかな?」

「え・・・・?そうですか。わかりました。すぐに主治医の先生に連絡を取ってみて、お願いしてみます。」

以前から、教育委員会に提出する復職のための書類の期限が今日までだと聞いていましたので、電話を切ったボクは、慌てて主治医の先生の携帯に電話をかけました。

主治医の先生は「違う診断書が2通もいるなんて、今までなかったけどなあ・・・」と少し困惑してありましたが、ボクのために時間を作って頂くことになりました。

すぐさま校長へと電話をかけました。

「主治医の先生とお会いできることになりました・・・。12時に約束しましたので・・・」

「それは良かった・・・。じゃあ書いて頂く書類を学校に取りに来てくれるかな?」

「・・・・・・。わかりました。それでは今からお伺いします。」

ふーっ。電話を切った後、ちょっと緊張が走りました。なにぶん突然だったものですから。時間割を確認すると、授業があっている時間でした。

慌てて着替えをし、車に飛び乗りました。もうあれこれ心配している時間もありません。

(これはきっと、ボクのリハビリのためにも必要なことなんだ。)そう思うようにしました。

学校に着き、校長室を訪ねました。すると、いろんな主任たちが校長室にいて、はち合わせ状態になりました。まさか週1回ある定例の主任会議がこの時間にあっているとは思わなかったので、正直驚きました。でも、休職して以来、いつもこころの底で気掛かりだった職員と顔を合わせ、挨拶程度の会話をすることができました。

「元気でしたか・・・。また、一緒に頑張りましょうね。」昨年度一緒の学年だった学年主任の職員から、笑顔で話しかけられました。

「ご迷惑をかけて済みません。」そんな言葉しか浮かんでこなく、頭を下げ続けていたボクでした。

その後校長と話すと、職場復帰訓練は当初の予定では11月28日からということになっていたのですが、教育委員会からの連絡で11月14日からに変更されたこと、診断書は今日は必要なく、復帰訓練が終わった後に提出すればいいこと、その後諮問委員会があり、ボクが復帰できるかどうかを最終的に判断されるということが告げられました。

「だから今日は病院に行って頂かなくていいです。GTU先生、ごめんね。教育委員会から連絡が再度あったもんだから・・・・。復帰訓練も早まるけどいいかな?」

「・・・・・・。はい・・・・・・。わかりました。」

いいも悪いもありません。もう腹をくくっています。短時間校長と話した後、家へと戻りました。

何かの力が及んでいるのでしょうか。本当は学校に行かないでも済んだ用件であったのに、再度学校に行くことができ、気掛かりだった職員と会えたことからして、今日の出来事は、ボクにとって必然なことだったのかもしれません。いや、きっとそうでしょう。

当初より職場復帰訓練が早まりましたが、「まだ20日もある」そう思うようにしました。今まで以上に1日を大切にしたいと思っています。頑張りすぎないようにして・・・・。

主治医の先生、わざわざ時間をとって頂いたのにごめんなさい。電話をかけて事情を話すと、快く納得して頂き、先生の優しさにいつも感謝しています。

ありがとうございました。

今日も忘れられない1日になりました。

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こころの支え

書類の手違いで、形式の違う診断書を取りに朝学校に行きました。

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昨日、校長と話した後も特別に意気込むこともなく、いつもと同じように平静さを保つことができていたのですが、出発30分前に服を着替えていると何とも言えない不安な気持ちがこころの底から沸き上がってきました。こころが微妙に揺れだしてきているのがわかりました。そこで、落ち着いてコーヒー豆を挽き、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、(大丈夫、大丈夫)とこころの中で呟いていました。そして意を決して両親に「行ってくるよ」と挨拶しました。母は心配している心中を悟られまいと、軽く微笑み「気をつけていくんだよ」と声をかけてくれました。ベットに寝ている父はただ泣いていました。

車を運転しているときには、不安な気持ちは消えていました。頭も冴えていました。ただひたすら学校を目指しました。妻からも、励ましのメールが届きました。

こころの中が真っ白になりながら、自然な気持ちで校門を通り抜けることができました。校舎前にある駐車場に車を止め、校舎を見渡しました。ちょうど1時間目が始まった直後で生徒の姿はありませんでした。少し安心して車から降りると、校舎の2階から

「先生~。病気は治ったの~?」と声が聞こえました。数人の3年生の生徒が、ボクを見て手を振っていました。救われた思いがしました。軽く手を振り応えました。何人かの職員にも頭を下げました。

書類を校長から受け取り、高速をとばして主治医の先生の元へ急ぎました。約束の時間通り、ボクのことを理解してくれている主治医の先生は待ってくださっていました。診察室で自分の今の生活、体調、復職に向けた思いを先生に話しました。いろいろなことを正直に話し、最後に先生は「復帰訓練に入りましょう。GTUさん、大丈夫ですよ。でも、全力投球はしないでくださいね。」と励まして頂きました。

先生に書いて頂いた復帰に向けた診断書を手に、再度学校へ・・・。そして11月28日からの復帰訓練にはいることになりました。

不安は数え切れないほどあります。でも、もう悩み疲れました。退職や転職も考えました。これまでに何度も家族を傷つけました。考えて、考えて、考え抜いて、出した結論が「ボクは教師でいたい」ということでした。今少しずつ潮が満ちてきていることを感じます。以前、「自分で自分を責めないでください。自分が責めなくても、責められなければならないときは他の人が責めてくれますから・・・」そんな言葉をブログで見かけ、とても楽になりました。マイナスからのスタートかもしれません。でもしっかりと前を向いて生きていきたいと思っています。

こんな風に思えるようになったのは、家族はもちろんのこと、ブログを通じて出会えたたくさんの方の支えがあったからです。まわりを信じられなくなった、氷のこころを溶かして頂きました。時には指摘もして頂きました。同じ病や苦しみを抱えた方のブログを読んだり、コメントしたり、コメントを頂いたりしてボクは生かされてきました。本当にブログを始めてよかったと思っています。ありがとうございました。これからも、弱音を吐くことがあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。

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家に帰ると、母は「よかったね。」と言ってくれました。父はやはり泣いていました。その後ボクは急いで着替え、ウォーキングに出かけました。

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いよいよ・・・

いよいよ・・・復帰に向けての具体的な動きが始まりました。

今日、校長が自宅に来られました。そしてボクは、自分の意志をはっきりと伝えました。

「学校に復帰しようと思います・・・・・。」

明日、復帰が可能かどうか、主治医の先生にお会いして、GOサインが出ればボクは12月には現場復帰です。全ては主治医の先生とボクの話し合いで決まります。それを校長や教育委員会は無条件に受け入れ、いろいろな事務手続きを含め、復帰に向けての準備に入るということだそうです。また、すぐに完全復帰ということではなく、復帰訓練というものがあることも聞きました。詳しい内容はわかりませんが、復帰が決まれば詳しい内容を知らせてもらえるようです。

明日、1年ぶりに書類を持って現任校にいきます。こころが少々波打っています。不安も少しはよぎります。でも、もう恐れません。逃げません。

主治医の先生に書いて頂いた書類をしっかり校長に届けてきます。

こころが今、・・・・穏やかです。

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サウナスーツ

ちょっと更新に間が開いてしまいました。

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さて、最近の生活リズムは、というと・・・

6時を目標に起床。

7時50分に二男が家を出るまで、朝食作り、片づけ、見送り。その後ボクの朝食。

9時30分まで新聞を読んだり、テレビを視聴。洗濯物干し。

13時30分まで、社会科の勉強、公園のウォーキング、郊外まで買い物。その後昼食。

17時30分まで読書、テレビ視聴、ブログをブラブラ・・・。献立によっては夕食作り開始。その後、二男をバスケットの練習のために車で送る。夕食作り。一番風呂。ゆったりいい気分・・・

20時30分、練習や部活から帰ってきた子どもたちと妻で食事。その後テレビをゆっくり視聴。

11時30分、就寝。

いつもこのようにできているわけではないのですが、だいたいこんな感じで一日を過ごしています。家にいるときは、母から父の介護のSOSもあるので、臨機応変にやっています。それに加えて、「今何時だから、学校では今○○をやっている時間だ」というように、生活する上で、学校のタイムテーブルを常に意識するように心がけています。負荷をかけるときつく感じるときが時折ありますが、その時はその時で、遮二無二頑張りすぎないよう、できないときはそれはそれで仕方ないと思うようにもしています。

ところで負荷といえば、最近通販で「協栄ジム認定ボクサー式サウナスーツ」を思い切って購入してみました。これを着て、サングラスをはめると、どこかに押し入る強盗犯のように見えるのが玉に瑕なのですが(^^;)、10分ほど歩いただけで身体中から大量の汗と老廃物が噴き出してくるのがわかるぐらいの優れものです。さすが天下の協栄ジム、それも減量と切っても切れない関係のプロボクサー式というのもわかります。家にこもりがちで、運動不足から、とんと汗をかくことと無縁だったボクですが、50分間歩くと、水を浴びたように汗をかきます。そしてタオルで身体を拭き、着替えるときに言いようのない充実感と心地よい疲れを感じます。身体が元に戻りつつある中、失ってしまった意欲と自信が少しずつ孵化してきているような気がしています。

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二日連続で学校の夢を見ました。

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昨日は、現任校で社会科の授業をしているところ。今日は、四月の始業式後、新しい学級で担任として学級開きをしているところ。今までとは違い、言いようのない失望感は感じず、子どもたちに向かって、笑いながら一生懸命話をし、忘れ物をしたのか、あっちに行ったりこっちに行ったりと、学校中を駆けずり回っている自分の姿がありました。(元気だった頃、よく忘れ物をし、小走りに学校中を走り回っていました・・・)

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「夢は深層心理を表す」と聞いたことがありますが、復帰に向けての具体的なプレッシャーがかかりだしたんだと思う反面、これはいい傾向なんだと思いたい、そんな願いで一杯です。

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ウォーキングハイ

ウォーキングを本格的に始めて、約1週間。アップダウンがある公園のコースで、それも日頃から家にこもりがちな生活をしていたこともあり、歩き始めた当初はきつくてたまりませんでした。また、年をとると反動が翌日に来たりして、足はガクガクになり、朝起きるのがつらく、リズムをなかなかつかめないでいました。

でも、慣れとは不思議なもので、20分歩けばヘトヘトだった身体が、40分歩いてもまだ歩きたいと身体が欲してくるのがわかります。汗をかくことも皆無だったのが、汗をかくことが心地よいことが感覚として蘇ってきています。何と言っても、毎日歩くのが当然のような気持ちになってきているのが嬉しいです。

歩いているとき、いろんなことを考えます。考えまいと思っても、いろんなことがよぎってきます。特に、公園は中学校のすぐそばにあるので、チャイムや校内放送が聞こえてきたりすると、少しばかり心が動揺します。これもリハビリです。そんな場所に戻っていくのですから・・・。

ただ、今日は歩いているときに、雑念が消え、木々の緑、光と陰が目に飛び込むだけで、何とも言えない空間の中でひたすら歩いている、そして全くきつくない、何時間でも歩ける、これこそウォーキングハイとでも言うのでしょうか・・・そんな感覚を覚えました。

ただ、無理は禁物です。つい一生懸命になってしまう自分を押さえ、楽しみながら歩きたいと考えています。そして、体調次第では、来週から50分間に延ばしたいと思います。

さあ、午後は教材研究をします。無理しないようにぼちぼちやります。

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小さい秋みつけた

今、ウォーキングから帰ってきました。昨日買ってきたシューズのお披露目です。

家の近くに、桜の名所でも有名な公園があります。公園には山をぬうようにウォーキングコースがあり、帽子を深々とかぶり、サングラスをはめて2周歩いてきました。2周で約4キロですが、適当な起伏があり、運動不足のボクにとってはほんのりと汗をかくことができる手頃なコースです。足が今少し張っています。心地よい疲れもあります。

2周目にかかったとき、ふと足元を見ると、ドングリ、松ぼDSC02643っくり、そして何と栗がたくさん落ちていました。(山って宝物がたくさんあるんだなあ)と、一人感激しながら、それらを少しだけ拾ってポッケに入れて持って帰りました。(右の写真です)

子どもの頃の思い出が懐かしさとして蘇りました。

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青春歌年鑑

今日、久しぶりに郊外で、ゆっくり3時間をかけて買い物をしてきました。買い物の大きな目的は、本を買うこと。シューズを買うこと。そして、CDを買うことでした。

本屋さんでは、本3冊を購入。言葉探しをしていた頃と違い、店内をぶらっとして、今読みたい本を探しました。その結果、購入したのは、椎名誠さんの「ひとり飲む夜は・・・」、志村忠夫さんの「いま新渡戸稲造『武士道』を読む」、それとカズマさんの「実録鬼嫁日記」です。どれから読み始めようかとわくわくします。

シューズもお手頃な価格で、結構履き心地のよいReeboxのシューズを購入できました。ボロボロになったシューズを履いていたのですが、明日からのウォーキングから使い、復帰する頃にははき慣れた優しい靴になってくれているはずです。5%割引という特典もあったので、値段を聞いた家族はさぞびっくりするでしょう。

そして最後に、両親のために「青春歌年鑑50年代」というCDを購入しました。特に介護に疲れが見え始めた母をリラックスさせ、寝たきりになった父との青春時代を思い出して欲しくて、懐メロを集めたこのCDにしました。

帰って母に手渡すと、CDラジカセにセットし、早速聴いていました。部屋にのぞきに行くと、父のベッドの横にいすを持ってきて、嬉しそうに歌を口ずさんでいます。はなもビクターのマスコットキャラクターのように、寝そべって聴いていました。DSC02641

今、美空ひばりさんの「東京キッド」がかすかに聞こえてきます。やったー!!作戦、成功です。

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やり直してみよう

休職してしばらくの間、救ってくれるものが欲しくて、本を読みあさっていたことがあります。とにかく、こころのケアの本はもちろんのこと、いろんな本を片っ端から読んで、自分が生きる価値やこれからどう生きていけばいいのか、そんな指針が欲しくてたまらず、言葉探しをしていました。

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昨年の今日、教員を辞そうと決意し、翌日退職願を学校に持って行きました。教員として生きていけないと思ったボクは、自分なりの責任をとるつもりでした。辞めることが責任をとること・・・そんなことしか思えなかったぐらい切羽詰まった思いでした。どうなってもいい、どう思われてもいい・・・。こわれてしまったこころの修復をボクにはできませんでした。

でも、休職になるとは思いもしませんでした。その2日後、妻と校長が話し合った結果で、休職になりました。おめおめと休職なんて・・・。ボクのこころはどんどんすさんでいきました。お前なんか生きる価値もない・・・・自分を責め続けました。

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あれからちょうど1年経ちました。

今日は朝から、今までできなかった学校のある仕事をすることができました。(妻の手伝いなのですが・・・)こころが波打ちませんでした。いろんな文献も読めました。自分なりの考えや方策を思案することもできました。今まで教員としてやってきたことを生かすことができました。自分でも不思議でした。

言葉探しをしていた頃と違い、最近意識して本をがむしゃらに読んではいません。ただ、先日、妻が買ってきた本を偶然手にしました。その本の中に坂本龍馬の言葉が載っていました。今、この言葉をよくこころの中でつぶやくようになりました。

「世の中の人は何とも言わば言え。我が成すことは我のみぞ知る」

教員として一度は死んだボクですが、力むことなく自然に、やり直してみようと思えるようになりました。

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最後の運動会

昨日、二男の運動会が行われました。

朝からいい天気で、応援に行く妻と長男もうんざりするような暑さの中、順調にプログラムは消化されていったようでした。

ところが、午後2時近く、厚い雲が突然空を覆いだし、強い雨脚で雨が降り出し、時々雷まで鳴る始末・・・。家で心配していたのですが、20分ほど降ったでしょうか・・・。それで結局、午後の3分の2ほどのプログラムが未消化の状態で、火曜日の午後に延期となったのでした。

自然とは時には残酷で、妻から「最悪、延期になった」とメールが届いたところ、厚い雲に覆われていた空はだんだんと晴れていき、雷もどこかに去っていき、すがすがしい秋晴れに戻ったのです。

小学校の運動場は水はけがよく、雨さえあがれば30分程度でかわくので、「判断を誤ったか・・」と思ったものの、後の祭り。来られていた保護者の方も、火曜日は休めないとか、待機していてもよかったのにと、さんざん不満を言われていたそうですが、仕方ありません。

かえってきた二男も「今日やりたかった・・・。給食を食べた後、昼から運動会なんておもしろくない。」と不満をぶちまけましたが、二男を始め、家族をなだめるのに一苦労したのでした。

それにしても、返す返すも残念でした。

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いまから ここから

時の流れはあっという間です。

父が退院して、約1ヶ月になります。寝たきりになった父の介護を頑張らなければ、と力んでは疲れ、言葉を失った父の泣く声が耳から離れず、いつもこころが穏やかでなかったボクでした。でも最近、いろいろ考えても仕方ないと、半分開き直り、ありのままの父を受け止め、世話をする母を手伝えるようになりました。

そう言えば、ちょうど1年前、1年生だった長男が中体連の新人大会に出場し、その大会でボクも審判として笛を吹きました。その翌日が、二男の運動会。その二日後にボクはこわれてしまいました。

今日、長男は1年前と同じように、中体連の市内大会に出場しています。たぶん今頃は決勝戦があっているはずです。そして明日、二男の小学校での最後の運動会があります。昨年とスケジュールは全く同じです。でも、もう、あれから1年たってしまったんですね。

父へ・・・泣きたいときは泣いていいよ。リハビリもしたくないという気持ち、足が痛いから仕方ないよ。できることからでいいからね。それから、おむつの匂い、気にしなくていいよ。みんな気にしていないから、大丈夫。

母へ・・・いつも本当にお疲れ様。母さんを見ていると、井上陽水の「人生が二度あれば」という歌を思い出してしまいます。こんなはずではなかったという気持ち、わかるよ。いろんなところに旅行したかっただろうね。でも、現実をみんなで受け止めようね。ボクたちがそばにいるから大丈夫だよ。

長男へ・・・キャプテン、お疲れ様。お母さんから試合のことは聞いたよ。本当に頑張ったね。これからもけがだけはしないように、そしてみんなをまとめるんだよ。

二男へ・・・小学校最後の運動会に行けなくてごめんね。でも、応援してるから。弁当期待していてよ。

妻へ・・・いつもありがとう。感謝しています。待っててくれ。

時の流れはこころの傷を癒してくれるって本当だなあと思います。もうあの頃には戻れません。そうです。

「いまから ここから」

それしかありません。

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