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ケジメ

今日で子どもたち、そして妻の職場も夏休みが終わり、明日から新学期に突入します。何事にもケジメが必要だと思います。何かが終われば、何かが始まる。君たちが始まるのだから、ボクも一つの区切りとして、この夏休みにケジメをつけ、明日から再スタートを切りたいと思います。

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長男へ・・・1学期の終わりに足を故障し、地区大会や県大会に出場できず、悔しい思いをしたね。でも、焦る気持ちをぐっと抑え、見事に怪我から復活しました。3年生が引退したあと、いろんな思いをしながら部長を引き受け、「きつい!!」を連発しながらもみんなを最後までよく引っ張りました。宿題が終わっていないバスケット部員から「助けて!!」とSOSの電話がかかって、救助に行った君は偉いよ!

二男へ・・・夏休みに入って、宿題を終わらせようとスタートダッシュしたけど、案の定途中で失速したね。でも、どうにか間に合い、最後の最後まで友達の家に遊びに行く君は、もしかしたら大物になるかもしれないと思っています。全国大会で懸命にプレーする姿忘れません。毎日お兄ちゃんと同じくバスケット一色だった君でしたが、怪我なく過ごすことができたことが何よりです。でも、クワガタムシが君がいない間に死んでしまったこと・・・悲しかったね。

妻へ・・・毎日暑い中、部活動指導、運動会の企画・運営、家庭訪問、会議に次ぐ会議、夏休みといっても本当に忙しかったね。仕事から帰って、疲れているにもかかわらす、いつもボクのブログに一喜一憂してくれたこともボクの励みになりました。どこにも連れて行けなくてごめん。二男の試合に応援しに行ったこと、盆に里帰りしたことが今年の思い出かなぁ。でも、君がいない間、しっかり家を守ったよ。

はなへ・・・休職して以来、いつもボクのそばから離れない甘えたの君。君のおかげでどれだけ癒されたかわかりません。これからもよろしくね。美味しいご飯をこれからも作るからね。

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ボクにとって夏休み期間中、家を守ることがボクの仕事でした。ほとんどの時間を家で過ごし、いつも真っ黒に日焼けしていたボクが、真っ白です。

家にいるボクの支えはブログでした。何もわからず勢いでブログを始め、自分の思いを拙い文章で正直に書き殴ってきました。でも、そんなボクのブログに対してこころにとめて頂いた方から、温かい励ましのコメントをたくさん頂きました。本当に嬉しかったです。この場を借りてこころから感謝します。

ボクにとっても大事な2学期になると思います。復職に向けて、不安でこころ乱れることがたくさんあると思います。でも、その時その時に自分の思いを正直に綴っていこうと思います。これからもよろしくお願いします。

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ちょっとした工夫

土曜日の大掃除のついでに、出窓にちょっとした細工を施しました。

家には1階、2階にそれぞれ出窓が2つずつありますが、1日のほとんどはレースのカーテンで締め切っている状態で、いつも妻が「出窓が生かされていない」とぼやいていました。というのも、隣接するご近所のことがどうしても気になるからでした。「出窓を開放できたら、雰囲気も変わるし、狭い部屋でも広く感じるよ」と以前から言われていたのですが、気乗りが今ひとつしませんでした。

ボクたちのメイン居住スペースである2階の大掃除が終わり、ボクが心地よい気分に浸っていたその時が絶好のチャンスだったのでしょう。「ちょっとしたリフォーム、やってみない」という妻の誘いに調子よく乗ってしまったのです。

すると・・・妻は「待ってました!」とばかりに、以前から購入していたガラスフィルムを持ってきて、二人で作業することに相成りました。やり出したら結構はまってしまい、「二人でガラス専門のリフォーム業者に鞍替えしようか」という軽口まで飛び出す次第でした。これがリフォーム後の写真です。左がボクの小さな書斎、右は寝室です。

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ちょっとした工夫で雰囲気ががらりと変わり、2階の出窓が生まれ変わりました。

やっぱり妻の言うことは聞くものだと、改めて思った次第です。

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生きる

今、日テレの24時間テレビ「愛は地球を救う」を見ています。1978年にこの番組が始まってから以降、今までの自分を振り返ってみると、こころの底では素直に感動しきれていない自分がいました。さらに、どこかで番組を斜めに見ていた自分もいました。

番組の主旨はボクなりにわかるつもりです。懸命に頑張って生きている人々に感動します。ただ、小さな貯金箱を募金として差し出す子どもの姿を見て、一人のボクは感動し、もう一人のボクは、なぜこんな小さな子どもにまで大切なお金を差し出させなければならないのか、本当は一人ひとりが幸せに暮らす責任を果たすのは国にあるんだろって・・・。それはまだボクのこころの中で払拭されてはいません。

今年のテーマは「生きる」。このテーマは、これからどう生きていくかを考えながらブログを綴っているボクにとっても、避けては通れないテーマでした。タイムリーでもありました。

うつを患って休職して以来、「生」と「死」を自分の問題としてみつめることが度々ありました。同僚の自死など、こころが引き裂かれるほどの悲しい出来事もありました。でも、ボクは「家族のために」生きていこうと決めました。

番組の中のドラマやドキュメンタリーなどで紹介された人々やその周りの人々は、懸命に生きてこられ、生きていこうとしてあります。それらの人々の生き様を目にし、ボクのこころがこれほどまでに複雑に大きく揺れ動いたのは、この番組視聴以来初めてでした。

ボクにとって「生きる」とは何だろう?テレビを見ながら考えていました。「家族」「笑顔」「人とのつながり」「喜び」「責任」「運命」「摂理」等々、いろいろな言葉が浮かんできました。でも明確な答えは見つかりません。

この番組をきっかけに、もう一度原点に戻って、ボクにとって「生きる」とは何か、考えてみようと思います。漠然でもいい。答えらしきものがはっきりと心に刻まれたとき、ボクは復職できると思います。

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疲れました

父親の退院がいよいよ決まり、そのための準備で1日が終わりました。

電動ベッドやリフトを来週には搬入することになったので、両親の部屋でそのスペースを確保する必要があります。そこで両親の部屋の家具を最小限度にし、処分できるものは処分しようということになりました。そこで登場したのが、「もったいない。取っておこう」が口癖の妻。彼女の提案で、使えるものは自分たちの部屋で利用しようということになり、季節はずれの大掃除と相成りました。

家具を一つ入れるだけで、ところ天のようにはみ出る家具が出て、全てをうまく納めることは難しいパズルをひもとくかのようでした。

10年以上動かしていない家具を動かすと、そのたびに信じられないようなホコリの固まりが現れてきて、それはまさにホコリとの闘いでした。また、そんなときに懐かしいものがひょっこり現れるんですね。旅行のパンフやビー玉、本、などなど・・・。「あの時はああだった、こうだった」互いに思い出に浸ってしまい、作業が中断することもたびたびでした。

一通り片づけた後、妻と、「こんなことでもないと本気で綺麗にしないもんねぇー。よかった。よかった。引っ越して以来だもんね。」とお互いに納得し合ってどうにか片づけを終わることができました。

でも、本当に疲れました。身体ガタガタです。

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ボクにできること

昨日買った水谷修氏の本「夜回り先生と夜眠れない子どもたち」を読みました。所々で、行間の思いにつぶされそうになりました。

ボクが、もし教師に復職できても・・・・水谷氏のようには到底できません。抱えきれなくて、自分がつぶれてしまいそうで怖いです。

でも、感じたい。子どもたちの気持ちを。子どもたちの傷ついた気持ちを、傷ついたボクのこころで聞いてあげたい。それだったらこんなボクでもできる気がする。

そんなことは、傷のなめ合いととられるかもしれない。たったそれだけか、と言われるかもしれない。でも、それでもいい。ボクにできること・・・・。

子どもたちの悲しみを和らげてあげたい。

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嬉しかったこと

嬉しいことがありました・・・!(^^)!

いつものように今日、車で40分ほど離れた病院に4月から入院している父を見舞いに行くと、退院が9月6日に決まったことを母が教えてくれました。入院した時点より、手術の後遺症などではるかに悪い状態になってしまった父ですが、これ以上の悪化はないだろうとの医師の判断で決まったそうです。入院時はある程度元気だったのに、その後言葉を失い、寝たきりになってしまった父。4月から父に付き添い続け、病院に寝泊まりしていた母。同居しているのですが、5ヶ月ぶりに二人そろって自宅に帰ってこれることに感謝しました。

ただ・・・いったい何のための入院だったのかと思うところがあるのですが、これを言っても始まりません。また、以前の生活に戻れます。とは言っても、父の介護を母と共に頑張らなければならないことに、ちょっとした不安はありますが。なるようになる・・・そう思っています。

もう一つ・・・、父の病院に行ったあと、本屋さんに立ち寄って、本を一冊購入しました。「まりもさん」のブログに紹介してあった、水谷修さんの「夜回り先生と夜眠れない子どもたち」です。ご存じの方も多いのではないかと思います。買いたかった本はなくて残念だったのですが、以前から水谷さんの著書については多少知っていました。ただ本屋さんで見かけても、ボクは二の足を踏み、本を手にすることさえできませんでした。同じ教師として、拒絶反応が起きていたのです。でも、偶然に昨日のまりもさんの記事を読んでいて、「読んでみようかな・・・」という気持ちが自然とおき、何かに導かれるように買ってきました。本を初めて手にし、立ち読みをしていると、こみ上げてくるものがありました。まりもさんのブログを通じてそれを読もうと思い、本を手にし、買ってくることができたこと、それだけで嬉しいです。

本当に不思議です。

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ねじれ

こころが安定している日が多くなっていると思っていた矢先、昨夜こころにもない言葉で妻を傷つけてしまいました。

食事の片づけをしていたとき、(一生懸命夕食までつくったのに・・・・どうして片づけまでしないといけないんだ!!)どうしようもない憤りが湧いて出て、「復職したら、こんなことしなくてもいいんだよな!!」ボクは、これ見よがしにソファーでうたた寝をしていた妻にそんな言葉を投げつけたのです。妻はびっくりして目を覚まし、「私がするからいいよ。ゆっくりしていて・・・」と片づけをボクと変わったのでした。

生気をなくしていた以前に比べ、休職をしているボクが今できることは、家事しかありません。洗濯物を干し、買い物に出かけ、掃除機をかけ、料理をつくる。でも、こころは正直です。

したくてやっているんじゃない・・・・

頭では、家事はお互いに協力し合うこと、感謝しあうこと、気がついた人が動くこと、とわかっているつもりです。ましてやこころが疲弊して休職になったものの、ずっと家にいるボクは、家事をすることがボクの役割だし、当たり前なんだと思っています。それでも感謝されたら嬉しいし、こんなボクでも役立っていることを感じることはささやかな喜びです。こころが安定しているときは、自然と体が動いています。笑顔もあふれます。

でも、いったんこころの安定を欠くと、どれだけ今まで家族から支えられてきたかを忘れ、こころのどこかで(したくてやっているんじゃない!)という言葉が浮かび上がってきます。といって、妻が家事をやっていないわけではないのです。ボク以上に動いてくれています。職場でもきつい思いをしている中で、家事、PTA、地域や子どもの活動のお世話など、本来ボクがやるべきことも不満な顔を見せず、頑張ってくれている妻に感謝もしています。妻がよく言います。「家事をしたくてやっている人なんて誰もいない。でも誰かがしないといけないもんね。」

今朝、目を覚ますと妻はすでに職場に出かけた後でした。朝食を準備し、洗濯物を干し上げ、掃除もしていったようでした。テーブルに書き置きがありました。

「みんな、お早う。いってきます。」

まだまだボクはだめです。頭とこころがねじれています。でも、妻が帰ってきたら、謝ろうと思います。

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ナイスゲーム

一昨日、昨日の2日間にわたって、長男は新チームとして初めての試合に臨みました。以前質問があったのですが、ボクの子どもは二人ともバスケットボールをしています。

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土曜日の予選試合は2勝することができ、昨日は1試合目を勝利した後、ついに優勝をかけての決勝戦を迎えることとなりました。対戦相手のT中学校は伝統ある強豪校で、小学生の時からミニバスケットで鍛えられた選手がそのまま進学してきます。ミニバスケット時代から彼らに敗れ続けてきた長男にとって、この試合は雪辱戦でした。ただ、彼と一緒にチームを引っ張るチームメイトが、県の選抜選手に選ばれ、試合当日から始まる強化合宿に参加するということで試合には参加できず、厳しい戦況が予想されました。

午後からの決勝戦には妻が応援に行くことができました。そして、ボクは妻からの連絡を待ちました。

結果は・・・・。第3ピリオドまでで彼のチームは1点リードで終えることができたのですが、最後には力尽き、7点差で敗れてしまったと連絡がありました。でも、妻は嬉しそうに、「惜しかったけど、みんなよく頑張っていたよ」と教えてくれました。

夕方遅く彼が帰ってきた後、妻が撮影したビデオをみんなで見ました。試合の結果はわかっているのですが、テレビに向かって必死に応援をしているボクがいました。「よし!!」「今のはファールか?」「ナイスシュート!!」みんな盛り上がり、小さな部屋が試合会場になりました。そして・・・懸命にプレーをしている子どもたちの姿に胸熱くなりました。

その後風呂、食事を終え、ソファーに寝転がった彼は、「足が痛い。」と顔をゆがめました。足を見てみると、指先の大きなマメが二つつぶれていました。ボクは筋肉疲労をとるクリームを手にし、ボールを追いかけ続けた彼の足を久しぶりにマッサージしてやりました。「今日は特別だぞ・・・」

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痛みをこらえていた彼は、いつの間にかそのまま眠ってしまいました。眠っている彼を見て(お疲れさん。ナイスゲームだったぞ)こころの中でつぶやきました。

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龍石水のその後

以前紹介させてもらった「龍石水」が底をついてしまいました。水のありがたさや有効的な利用の方法さえわからなかったボクに、いろいろな方からアドバイスをいただきました。その節は本当にありがとうございました。

「優しい光さん」のブログを読んで考えました。水の恩恵をすっかり忘れてしまい、蛇口をひねったら水が出てくることがごく当たり前のように考えてしまっていたボクでした。龍石水という水を頂いたことと、優しい光さんのブログに出会い、水に対する認識を問い直すことができました。

頂いた貴重な水でもあるので、みそ汁、米の炊飯、コーヒーなどに大切に使ってきました。その中でも、一番違いを感じたのはコーヒーでした。

ボクのお気に入りのコーヒー豆はマンデリン、ブルーマウンテンです。(ブルーマウンテンはちょっと高値なのが玉に瑕なのですが・・・・)水道水を使っていた頃はなぜか薄っぺらに感じていた風味が、この水のおかげで深みある香りと味に仕上がってくれました。

気分的なものも多少あるかもしれません。でもやっぱり美味しく仕上がることは嬉しいことです。ちょっとしたこだわりがこころに豊かささえ運んでくれます。

夫婦の協議の結果、この龍石水(HP)をしばらくの間使っていこうということになりました。贅沢と言えばそうかもしれませんが、値段も結構お手頃ですし、なんと言ってもこの水との出会いを大切にしたいと思ったからでした。何かの縁なんですね・・・・・。不思議です。

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80%の力

ボクの主治医の先生は、診察の折りに必ず「やる気80%を目指しましょう」と言われます。

「GTUさんは今まで、常に自分に満足せず、自分の力のMAX以上で長い間仕事をし続けてきたでしょう。今までの頑張りすぎが今の状況を生み出したんです。この病気を完治するには、長い時間が必要です。また、元気だった頃の100%にもなかなか戻れません。でも、それでいいんですよ。80%を目指しましょう。やる気が80%に達すれば復帰できます。週に4日仕事をしたいなあと思えたらしめたものなんです。だからこそ『ウサギとカメ』のカメでいいんですよ。慌てない、慌てない。」

頭ではわかるのですが、自分の中でなかなか消化できない内容でした。人の眼を必要以上に気にしてしまうボクが、「80%でカメのボク」を自分で受け入れることができるのか、そして、以前のように100%を目指している自分に気づいたときに、本当に自分にストップをかけることができるのかと・・・・。ましてや、今のようなボクが、80%の力がみなぎるようになれるのだろうかとも。

明日、長男は新チームのキャプテンになって初めての練習試合があります。そんな今日、長男を迎えに来た部活動の友達と、偶然にも家の前で鉢合わせになりました。でも彼らに「明日の試合、がんばれよ」と自然に声をかけることができました。

それと、妻が仕事で行けないので、合宿から帰ってくる二男を夕方迎えに行きました。二男がなかなか車にこなかったこともあるのですが、待ちくたびれたボクは車から降りて二男に声をかけ、見かけた保護者の方に会釈することができました。今までも練習が終わった後に迎えに行ったことは何回かありましたが、車から降りることすらボクはできなかったのです。ほんの些細なことと笑われるかもしれませんが、こんなことさえできないで地団駄踏んでいたボクでした。ですから、そんなことができただけで充実感に満ちあふれてしまいました。悩んだあげく二男の応援に行ったことが、今、自分のわずかな自信になっているかもしれません。

80%・・・・そんなこと難しいです。今の自分は何%なのか、数値では表せません。でも、少しずつ、少しずつ、パーセンテージが上がっていけば、と思っているのです。

「ぼちぼち行こう。慌てない、慌てない。」

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新キッズ・ウォー

休職して全く受け付けなくなってしまったものに、学園ドラマがあります。いろいろな思いが蘇り、最終的には自分を責めてしまう結果になることが怖かったからです。自分も触れたくないし、人にも触れられたくもなく、教師であるのに教師をしていない今の自分を認めることもできなかったからです。

最近になって、時間に余裕があり、気持ちにも余裕が持てるようになったのか、ドラマをよく見れるようになりました。たとえば、「海猿」「電車男」「女王の教室」がその代表でしょう。その都度感動している自分がいます。その中でも特に、「女王の教室」は、ひどい内容もある話ではあるにしても、主人公の指導と自分の今までの教員生活と比べながら、主人公の真意を量っている自分に気づけるようになりました。

ここ何日か、昼に放送があっている「新キッズ・ウォー」がお気に入りになりました。大河内奈々子さんが演じる大月かおり先生のポリシーや言葉、そして醸し出す雰囲気が、今までのボクの教職生活は「決して間違ってはいなかった」ということを伝えてくれているように感じるからです。この番組の中では「いじめ」「不登校」「児童虐待」「教師間の軋轢」「家庭の教育力の低下」など、今の教育に関する乗り越えなければならない種々の課題を、ストレートに取り上げています。難しい憶測など必要もありません。単純だからこそ、今のボクに素直に入ってくるのです。

脚本家の畑嶺明さんは、こう述べています。

今回は‘学校の先生’を中心に、学校生活、そして家庭環境における問題などを描いています。「新キッズ・ウォー」を書くために取材をした中で、以前は先生が「バカヤロー!友情は大切なんだ」と一声叫べば解決したことが、現在では先生が弱腰でなかなか言いたいことを言えない現状がわかりました。例えば、親から「道草をして子供が帰ってきた。道草指導をしなかった先生が悪い」と言われるそうです。これには驚きました。そんな事柄をふまえつつ、現状ではよくないんじゃないか?!と渇を入れられるドラマになればと思っています。ドラマの中では「人に礼儀を尽す、友情は大切」だということをこれでもかと盛り込み、理にかなわないことを言う母親には、きっぱりとタンカをきる先生をヒロインとして描いています。皆さんにとって身近に感じていただけるドラマになるといいなと思っています。

このようなドラマを見られるようになったボクは、少しずつリハビリがすすんでいると思いたいです。

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お盆

お盆は、恒例になっている妻の実家で過ごし、昨日の夜帰ってきました。相変わらず親戚のみんなは元気で何よりでした。ボクも平静を保ちつつ、夜には酒を飲み交わしながら楽しい時間を過ごすことができました。そのような中でも事情を知っている親戚は、決して学校の話題にはふれず、休職しているボクに気遣う雰囲気が感じられた2日間でした。ボクの立ち直りを信じ、見守ってくれている義父や義母の気持ちがわかるからこそ、その気遣いにこころの底で感謝しました。ただ、ボクはボクでやはり気を遣ったようでちょっと疲れてしまいました。

そういえば・・・、「行ってきました!(^^)!」の続きですが、二男は14日の夜11時にヘトヘトになって帰ってきました。戦績は2位リーグの決勝まで進出したのですが、決勝戦は1点差で負けて準優勝に終わりました。でも、4日間で貴重な経験をし、一回り大きくなって帰ってきたように感じました。待ち疲れたボクでしたが、帰ってきたときにしっかり抱きしめてやりました。また、明日から合宿に2日間行くということで、彼も大変です。スタートダッシュで頑張っていた宿題の方も、ちょっとお尻に火がついてきだしたようで、今日は勉強する日だと言いながら、午前中は十分リラックスして、休みを楽しんでいるようです。

それと、二男が大事にしていたクワガタムシですが、ボクたちが応援から帰ってきた次の日の朝、えさをあげようとして虫かごのふたを開けたら、残念なことに二匹とも死んでいました。せめて彼が帰ってくる間、生きていてほしかったのですが、寿命だったのでしょうか。死んだ事実を受け止めさせるために、虫かごはあえてそのままにしていました。帰ってきた二男は次の日の朝虫かごを見て、黙って庭に墓を作りに行き、埋めてあげたようです。妻の実家でカブトムシをあげようかと親戚から言われたのですが、それを断っていました。彼なりに感じるものがあったのだと思います。

盆をすぎると、夏休みはあっという間に終わりますね。今年もこれといったところに連れて行ってあげることができませんでした。海水浴に行こうと約束していたのに、連れて行けなくてごめんね。

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行ってきました!(^^)!

昨日、夜の9時過ぎに家に帰ってきました。久しぶりの長距離運転でちょっと疲れました。

帰省ラッシュにかかると会場に到着する時間が遅くなってしまう心配があったので、朝4時30分に妻、長男と三人で出発しました。でも、心配をよそに、予定通り9時30分には試合会場に到着することができました。試合会場は国際試合も行われるほどの立派な施設で、あらためて、このような施設で二男がプレーできることに驚きと共に、感謝の気持ちで一杯になりました。

応援に行くと決めたものの、会場に着き、たくさんの保護者の方と会ったときにどんな顔をすればいいのか、一緒の場所に居れるのか自分に問いかけて続けていました。ボクの教え子の保護者の方もいるものですから・・・。不安な気持ちで観覧席にあがると、二男のチームは観覧席出入り口近くに控え場所を構えてあり、いきなりはち合わせ状態で皆さんと顔を合わせるような感じになりました。子どもたちはアップに行っていたようで、二男には会えませんでした。

妻と長男の後ろについて行き、「いつもお世話になってすみません・・・・」と挨拶を交わしました。保護者の方やコーチの方は、妻や長男、ましてやボクが応援に来るとはこれっぽっちも思っていなかったと思います。ちょっと戸惑ってある感じもありました。でも、スムーズに顔を合わせることができ、本当によかったです。その後は、里帰りをする妻の実家に試合の様子を見せるためにビデオを撮影している、という理由で、その場から離れ、妻とは携帯で連絡を取り合いながら別行動ができたので、必要以上の気疲れやプレッシャーは感じなくてすみました。ただ、あとで妻から聞くと、「お父さんはどこにいるの?」とたびたび聞かれ、ちょっと困ったとは言っていましたが・・・。

休職以来久しぶりに、二男のプレーを目の前で見ました。チームをまとめる副キャプテンとして、必死にボールを追いかけるプレイヤーとして、家では見せる姿とはまた違う、たくましく成長している二男の姿を目の当たりに見ることができました。「頑張ってたんだなあ・・・」本当に決意してよかった・・・・。

4時過ぎには試合が終わりました。帰る際に、その日初めて二男と顔を合わせ、その場におられた保護者役員の方に「二男をよろしくお願いします。」とだけ挨拶をして車に乗り込みました。朝と帰り際の少しの時間でしか保護者の方と会うことはできませんでしたが、帰る車の中で、妻が「よく一歩を踏み出したね・・・。よかった。」運転するボクにつぶやきました。

帰りは何箇所かの渋滞や事故がありましたが、比較的スムーズに帰り着くことができました。車の中では、「お父さん、頑張って!!」と必死に眠りをこらえる妻と長男がいました。

チームの試合の方は、一昨日から昨日にかけての予選で、通算3勝1敗。今日、2位パートの決勝トーナメントが行われます。今日も全力プレーができますように・・・。

夜、9時近くに二男が疲れ果てて帰ってくると思います。家族三人で温かく迎えてあげたいと思います。そして、彼に言いたいと思います。

「ありがとう・・・」

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行ってきます!

先日の記事に書いていましたが、二男の試合会場まで、車で4時間半かかることがナビで判明しました。ちょっと気合いが必要なようです。

第1試合に間に合うよう、今から出発します!!頑張るぞ~。

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乗り越える勇気

今朝、小学生の二男が12日より3日間開催される全国大会に、元気に出発しました。といっても、県大会で優勝して出場権を勝ち得たものではなく、県内のチームの監督者会議で、二男のチームが県代表に推薦され、出場の運びとなったものでした。それが決まってからというもの、二男は、ほぼ3週間、毎日8時間近くの練習に弱音一つ吐かず頑張ってきました。

今までに、練習の様子や大会についての情報が耳に入るにつれ、ボクのこころの中に何ともいえない思いが募っていきました。それは、6年生の保護者役員さんが毎日の練習のお世話はもちろんのこと、大会でも引率、宿泊などをはじめ全てのお世話をして頂くことになっていて、そのことがとても心苦しく思っていました。さらにそれに加え、ほとんどの保護者の方が応援にかけつけられるということを知ったからでした。二男は、ボクのことがわかっているので、決して来てくれとはいいません。妻も、口にしませんでした。でも、妻はたぶん二男を不憫に思っていたことだと思います。それがわかっているからこそ、なおさらこころが痛くて仕方ありませんでした。

昨夜、風呂の中でいろいろ考えました。いろいろな心配もよぎりました。そして腹を決めました。

練習から帰ってきた二男と、迎えに行った妻に、深呼吸をして「13日、日帰りだけど応援に行くから・・・。」と一言だけ告げました。妻は跳び上がって喜びました。二男は嬉しそうな顔で「無理しなくていいよ。お父さん、大丈夫?」とボクに尋ねました。「お前が今まで頑張ってきたから・・・。お父さんはそう決めたんだ」彼が必死にボールを追いかけている姿をこの目にしっかり焼き付けてきたいと思います。

夏休みも半分終わりました。ディスカバリーは無事に帰還して本当によかった・・・。それに、二匹のクワガタムシも相変わらずとっても元気です。

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タイミング

タイミング。辞書で調べると「物事をするのにちょうどよい瞬間。間合い。」とあります。人生って、全てがこのタイミングではないかと思う時があります。

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昨日、久しぶりに休みを取った妻と一緒に、ドライブをかねて買い物に出かけました。自宅から離れたスーパーマーケットの3階の立体駐車場に車を止め、1階の食品売り場までエスカレーターに乗って降りているときに、「カラ~ン、カラ~ン」と抽選時に当たりを告げる懐かしい鐘(正式にはアタリ鐘というそうです。)の音が聞こえてきました。「抽選やってるね」案の定、食品売り場のエスカレータ付近で、ガラガラ(抽選時に使うもので、正式名はガラポン抽選器というそうです。ボクはガラガラといっていました。)でサービス抽選があっていました。結構当たりの頻度は高いみたいで、期待に胸がときめく鐘の音が頻繁になっていました。500円以上の買い物をしたレシートを持って行くと抽選できるということも教えてもらいました。「ついてるね・・・」

二人で久しぶりに楽しく買い物をし、レジに並びました。買い物をしている間、相変わらず当たりを告げる鐘の音が鳴り響いていました。レジで待っている間、抽選会場に目をやると、たくさんの人が並んでいるのが見えました。レジの支払いが終わった後、待ちきれなくなった妻は「私、先に抽選に行っていい?」とボクに尋ねました。買い物の量が多かったのでボクは、「一緒に袋に詰めて、その後一緒に抽選に行こうよ」と妻を制止し、答えました。その後二人で買い物かご一杯の食材を詰め込んでふと抽選会場をみると・・・・

抽選が終わっている~。その間1分足らず。担当の職員の方が電光石火の早業で、あっという間に抽選会場をたたみ、ゴンドラに抽選の残骸を乗せて運び出そうとしていたのでした。二人顔を合わせ、「・・・・・・・・・」。うそっっっ!!!まさしく、「人生はタイミング」を象徴する出来事でした。

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でも、こんなことって日常生活の中で結構あるんじゃないかと思います。「タイミングがよかった。悪かった」

妻はボクに「あなたは休職になってしまったけど、休むことができることはラッキーだと思う」と言います。精根尽き果てても、なお仕事に突き進まなければならない立場にいたボクをそばで見ていた妻だからこそ、言える言葉かもしれません。休職したあと、休んでいるボクに妻はよく話してくれました。「あのまま頑張ってたら、過労死していたと思う・・・・」あの時、がむしゃらだったボクは、自分の命をすり減らしていることさえわかりませんでした。でも、妻の言葉を借りれば、今休職していることは、長い人生の中での「ベストタイミング」なのかもしれません。そう考えれば、少しは楽になれます。

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同窓会

昨日、そして今日、日頃からボクのことを気遣ってくれる親友から、今週の13日(土)にある母校の高校の同窓会の知らせと出欠確認のメールが届きました。来年度は地元にいるボクたち卒業生が当番で、同窓会を取り仕切らなければならないこともあり、今まではある意味いい加減だった出席の確認が、丁寧にされていることを知りました。

大切な友人の誘いでもあり、出席できるか考えました。でも、やはり欠席することに決めました。地元に住み、地元の母校の同窓会に出席することに対して、休職している立場であること、その場にいても、取り繕う笑顔しか作れない今の自分の状況を伝えました。友人は快く了解してくれました。

今、こんなボクでも役に立っていることを実感したいがために家事をしたり、ブログを通じて今までの自分を振り返っている日々です。そんな中、今回の同窓会の件で、復帰に向けて吹っ切らなければいけないと考えている自分と、忘れられるなら今を忘れたいと思っている自分のねじれている現実に気づきました。漠然と過ごす毎日でいいのか・・・・家にじっといて、今までのこと、これからのことを考えるだけの毎日でいいのか・・・・。こんなことで復帰できるのか・・・・。

同窓会の場にいる自分も想像してみました。でも、休職していて、そんな晴れやかな場所に行けるはずがないと思いました。

子どもたちに対しても、対外的なお世話をしなければならないことが日に日に多くなるにつれて、父親として何もしてやれないことが悔しいです。彼らの気持ちを思うだけで・・・・涙が出てきます。

ごめんね・・・。

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妖怪大戦争

昨日、映画が公開された「妖怪大戦争」を見ました。といっても、ボクが見たのは37年前の1968年に大映が制作した同名の作品で、@niftyクラビット・アリーナというサイトに偶然アクセスして「妖怪大戦争」と出会えたのです。

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37年前の当時、今に匹敵する妖怪ブームで、幼かったボクは、訳もわからないまま祖母に連れられて妖怪シリーズ第1弾、「妖怪百物語」を映画館に見に行きました。怪談話をしながらろうそくを消していく百物語の最後に、まじないを怠った悪奉行たちが妖怪たちから次々と懲らしめられるという勧善懲悪型の映画でしたが、とにかく妖怪たちが怖かった・・・。中でも、のっぺらぼう、ろくろ首、大首は印象深く、大首にはビビリあがってしまいました。映画の途中で、横に座っている祖母は、もしかしたらろくろ首かもしれないなどと疑心暗鬼になり、何度も横目で祖母を確認している自分がいました。その映画を見てからというもの、多くの方が経験があるように、夜一人でトイレに行くのが大変でした。それ以降、そういう類の映画は「エクソシスト」まで見ることができなくなってしまったのです。ちなみに、今はバリバリ大丈夫です。

そういう経緯があったものですから、同年(1968年)制作のシリーズ2弾、「妖怪大戦争」は初めて見る映画で、期待大でした。バビロニアの古都ウル遺跡で4千年の眠りから覚めた吸血妖怪ダイモンと日本の妖怪たちが戦うというストーリーでしたが、見終わった後、はっきり言って時代を感じました。というのも、CGの技術など無かった時代の作品ですから、技術的にもストーリー的にも相当稚拙なものでした。今テレビであっている「戦隊シリーズ」の方がよっぽど気が利いているかもしれません。でも、ボクが当時、この映画を映画館で見ていたら、やっぱりビビっていたでしょう。今のように複雑で、将来をなかなか見通せず、生きていくことが難しい時代と比べ、単純で稚拙だった時代やその時代を受け入れていた人々が懐かしいです。

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ボクの思い出がつまっているシリーズの映画なので、リメイク版「妖怪大戦争」の公開を心待ちしていました。当時の妖怪映画の思い出を日頃から話していたので、子どもたちも影響されてか、映画館に見に行くことを楽しみにしているようです。(やっぱり映画館でないといけないんですよね。これがまた。)スケジュールがあえばいいなあ。

今日は日曜日ですが、8時過ぎには部活動、試合などでみんな家を出て行きました。さあ、今日はどんな楽しみを見つけようかな・・・。

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NO MORE HIROSHIMA

今から60年前の8時15分。蝉が鳴き、暑い広島に一個の原子爆弾が投下されました。生きとし生けるものの命が全て飲み込まれ、広島は一瞬にして地獄図とかしました。

戦後60年たった今、北朝鮮やイランの核開発の動き、相次ぐテロ、紛争、日本国憲法第9条の見直しなど、日本、いや世界が抱えている課題がたくさんあります。でも、残念ながらどうしたら平和の道をたどっていけるのか、ボクにはわかりません。

自分のことで精一杯の生活をしているボクですが、今年は平和式典の様子を最後まで見届けました。せめて、自分の目の前にいる子ども、そしてすべての子どもたちが恐怖や不安とは無縁の平和な社会の中で幸せに暮らしていくことができるよう、願いました。

平和の鐘の音がこころにしみこんできました。家族全員で黙祷を捧げたこと、恥ずかしいのですが初めてでした・・・。

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夢の中へ

休職になった自分を責め、自分で自分を追い込んだときほど、むさぼるように本を読んでいました。そして、その本の中から、自分と重なったり、こころに元気を与えてくれる文章をボクの宝物としてそっとしまってきました。昨日のブログの「試練も~」の文章もそうです。でも、その文章たちは、まだまだボクの中で十分消化できていないことが先日よくわかりました。結局は、自分を安心させるための、自己正当化のための、そしてその場凌ぎのためのものだったのでしょう。

以前、『「もう大丈夫です」というあなたへ』という記事を書き、ある程度自分で整理できたつもりだったのですが、ボクはまだまだのようです。

どんなに美しい言葉を贈っても、

その言葉にあなた自身が助けられた経験がなければ、相手の心に決して届きません。

あなたの生活の中で、生きて糧となり、困難、試練を乗り越えさせてくれた言葉こそ

人にも伝えることができ、人の心に残る言葉となるのです。       

                                                     「飯島夏樹」

「どう生きていけばいいのか」という目的を探すためだけに、言葉を探すことはやめにしようと思います。

そんなことを考えていたら、ふっとある歌が頭に浮かびました。

休むことも許されず

笑うことは止められて

はいつくばって はいつくばって

いったい何を探しているのか

探すのをやめたとき

見つかることもよくある話で

踊りましょう 夢の中へ

行ってみたいと思いませんか?  

                             「井上陽水 夢の中へ」

やっと今になって、この歌詞の意味がわかるような気がします。

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こころ安らかに・・・

「お父さんがずーっと心配していたから話すけど・・・」昨日、長男から悲しい知らせを聞きました。

以前、ブログで触れていましたが(神様、助けてください)、昨日、長男の学校の中学1年生の女の子が、残念ながら天国へ召されていきました。本来は明日が出校日になっていたのですが、本日に変更され、哀悼集会が行われました。

ショックでした・・・・。これからの彼女の人生、保護者の方の悲しみと怒り、友人をなくした友達の思いを考えると言葉になりません。

試練も神様が必要だから与えてくださった

こんな言葉を聞いたことがあります。また、この言葉を支えに踏ん張ってきた自分がいます。でも、今、素直にこの言葉を受け入れることができません。そこまでの過酷な試練がなぜ与えられないといけないのでしょうか。今のボクにとって、あまりにも重過ぎます。

せめて、今までの楽しかった思い出を胸に、こころ安らかに・・・・そう願うことしかできません。

このことに触れるべきか迷っていたのですが、女の子の命を僕のこころに記しておきたいと思い、あえて書かせていただきました。すみません。

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龍石水

妻の学校は、夏休みに家庭訪問を行っています。妻は中学3年生の担任をしていますから、昨年とは違い、進路に関する話題がどうしても中心になっているそうです。ただ、結構時間に余裕があるので、堅苦しい内容は早々で切り上げ、進路や子どもと関係ない、いろんな話題で盛り上がっているとのことで、楽しそうです。(いったいどんな話をしていることやら・・・・。)

そんな中、昨日妻が家庭訪問に行った先の保護者の方から、一抱えもある重たい頂き物を持って帰ってきました。

それは、20リットルも入ったナチュラルミネラルウォータの蛇口つきパックでした。かおちゃんのブログでも紹介されていますが、水と言ってもいろいろな種類があるもんなんですね。頂いた水は、大分県日田市の「日田 縄文 龍石水」DSC02601。ネーミングからしてそんじょそこらの水とは違う雰囲気を醸し出しています。よく見ると、ミネラルウォータなのですが、実は温泉水らしいのです。

さっそく一口飲んでみました。妻から「どう?」感想を求められましたが、デリケートさに欠け、水に対して必要以上にこだわりのないボクはなんとコメントしてよいのかよくわかりませんでした。 「う~ん、いいんじゃない」そんなボクを見て、子どもたちも「う~ん、いいんじゃない」

えっちらおっちら重たい水を抱えてきた妻のことを思うと、もう少し気の利いたコメントもあったかと思うのですが、妻まで「う~ん、いいんじゃない」・・・・。

水をくださった保護者の方、ありがとうございました。もっと水にこだわってある家庭だったらコメントも違っていたのでしょうが、こんな家族でごめんなさいm(_ _)m

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応援してるから

昨日、中学生の長男が、部活動のあとのミーティングで、新チームの部長を引き受けて帰ってきました。

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彼は以前から「部長を引き受けるべきか」考えていたようでした。他の部員や顧問の先生からの働きかけがあっていることも聞いていました。ある時、ボクと妻に「部長になると、保護者会の会長にならなくちゃいけないんでしょ」と尋ねられたことがありました。それはどういうことかというと、今までの暗黙の伝統で、「チームの部長=保護者会の会長」「保護者会の会長=チームの部長」という構図ができあがっていたからでした。自分が部長を引き受けても、ボクや妻は会長の重責を果たせるような現状でないことをよく知っている彼は、悩んでいたんだと思います。

先日部活動保護者会があり、新役員決めがありました。家の事情をよく理解していただいたようで、会長は別の方が引き受けていただくことができ、連絡係という負担の重たくない仕事を妻が仰せつかってきました。この結果を聞いた長男はその後、どんなことがあっても部長にはならないと言い張るようになりました。

昨日彼が部活動に行くときに、一言だけ声をかけました。「今日、ミーティングがあると思うけど、しっかりとみんなの思いを受け止めて、考えるんだよ。」そう声をかけたものの、その後ずーっと気になって仕方ありませんでした。

そういういきさつがあった中、彼は部長を引き受けて帰ってきたのでした。「遅かったね」「部長決めがあったから・・・」「どうなった?」「ボクが部長になったよ・・・。でも不安と嬉しさが半分半分」と話してくれました。ボクは「よく決意したね。嬉しいよ」とだけ話をしました。彼は彼なりに一生懸命考え、吹っ切り、自分で結論を出し、足を一歩前に踏み出したんです。

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夜、ボクが先に寝る時に、妻と子どもたちは紙にいろいろと落書きをして盛り上がっていました。朝早く目覚めたボクは、ダイニングテーブルの上に置かれたままの昨日の紙を見ました。紙には落書きと共に英語の筆記体や漢字の書き取りも書いてありました。そして隅っこに、たぶん長男が描いたのでしょう。自分の学校のロゴをつけ、キャプテン番号4番をつけたユニフォームを着たプレイヤーがシュートを打っている絵がありました。

がんばれよ。応援してるから。そして、お父さんを待っていてくれ・・・・。こころの中でつぶやきました。

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格好悪くても自分なんです

昨日のWORLD GP 2005 in HAWAII(29日、米ハワイ・アロハスタジアム、観衆=1万4800)の試合をテレビで観戦しました。ボクが応援していた曙選手は1R、TKO負けでした。05073101cheakebonoKYD02956G050730T これでK-1参戦後、通算成績1勝7敗となり、今日の各新聞やブログには曙選手に対する厳しいコメントが数多く踊っていました。「弱すぎる!!曙に谷川P“完全追放”宣告」(サンスポ)、 「まるでサンドバック!曙ハワイで惨敗」(スポニチ)、「曙が惨敗、休養宣言/K-1」(日刊スポーツ)

はっきり言ってテレビを見ていて、曙選手が勝てる試合ではなかったと思いました。対戦相手は韓国相撲(シルム)の元横綱・崔洪万(チェ・ホンマン)24歳、身長2メートル18の大巨人。伸び盛りのホンマン選手と闘うにはかげりが見える36歳の曙選手はあまりにも分が悪かったと思います。相手が強すぎました。

それでも、あえて闘いに臨んだ曙選手は、腕に愛妻クリスティーン麗子さんの名前『麗子』を刻み、さらに5月にさきにハワイで刺殺された横綱時代の付け人、元十両大喜さんの追悼を意味した名を彫り、闘いに臨んだことを知りました。このことで、曙選手がどのような心中でこの闘いに臨んだのかがわかると思うのです。「必ず勝つ!」その一心だったと思います。曙選手のふるさとであるハワイで、それも相撲界の横綱を張り英雄だった曙選手を多くの地元大応援団が見守る中でのTKO敗け。試合中の殴られても殴られても倒れまいと必死の形相で耐えている姿と試合後の呆然とした、悲しげに見える顔を見て、心の中がボクも察せられました。

「こんな闘いを見せられてがっかりした。」「負けるとは思ったけどやっぱりね。」興行ですから視聴率を上げるために、それこそこの闘いを強行せざるを得なかったことでしょう。でも、興行サイドは勝敗の行方はある程度わかっていたのではないでしょうか。それでも、曙選手に賭けるものがあったからこそ、スケジュールを強行し、放映したのではないかと思うのです。放映前の時点で曙選手にあまりにも分が悪いと判断したならば(プロであればできるでしょう)、曙選手に再トレーニングを促すなり、企画そのものを変更するという手もあったと思うのです。曙選手は所詮切り捨て可能な道具なんだと思ってしまいます。案の定負けたら、手のひらを返すように、「K-1追放」。人間は商品なんですか?

ボブ・サップ選手に2年前の大晦日に負け、その後も負けが続きながらも64代横綱のプライドを捨てて戦い続ける曙選手を、嘲笑じみた目で見ていたボクがいました。。当時のボクは格好悪い生き方など絶対したくないと思い、格好良く生きていた人間だったからです。でも今は、休職中。プライドなんて吹き飛んでしまいました。今まで休職している自分を「格好悪い人間」と思い、それが自分で許せなくて、何度自分を追い込んだことでしょう。ただ、今、「格好悪い自分も自分なんだ」と思えるようになってきました。

格闘家は格闘家の「勝たなければならない」という宿命を背負っていることでしょう。曙選手の気持ちと今のボクをリンクさせることは非常におこがましいこともわかっています。でも、こんなボクだからこそ、格好悪く、負け続けている曙選手を本当に応援するサポーターになりたいと思います。どんなに格好悪くてもいい。大切な人のために闘い続ける曙選手を応援しています。

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