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いのち

「えっ!」私が予想もしなかったものを、昨日二男が持って帰ってきました。それは・・・ 虫かごでした。虫かごの中には2匹のクワガタがいました。「どうしたの?」「友だちからもらった」「お世話は大丈夫?」「うん大丈夫」それでも少し心配でした。それはなぜかというと、数年前、子どもがまだ幼かった頃、私が事実上の生き物係として、身を粉にして金魚を世話した記憶が残っていたからです。

金魚は、お祭りの露店の金魚すくいで持ち帰ってきたもので、赤色の和金と黒色の出目金あわせて十匹近くはいたでしょうか。水槽など家にはなかったのであわてて水槽を買いに行きました。小さなプラスチック製虫かごで間に合わせた水槽に水道水を入れ、狭いビニール袋から解放してあげました。金魚たちは気持ちよく泳いでいました。

しかし次の日から、日にちが経つとともに、生きる力のない順番に水に浮いて死んでいる金魚たちを見るようになっていきました。初めは悲しんでいた子どもたちも、死ぬことを平然と受け止め、金魚の存在そのものに関心を持たなくなってしまいました。死んでいった1匹目の金魚のいのちの重みと、そのあと死んでいった金魚のいのちの重みに明らかな差が生じているようでした。「お世話をちゃんとするんだよ」でも、時として子どもはとても残酷な生き物になってしまいます。後を追うように1匹1匹死んでいく金魚たちを複雑な気持ちですくい、庭に埋めながら、このままではいけないと思った私は、そこから一大決心。学校帰りに近くの量販店で大きなガラス製水槽やポンプ・水温計、清浄フィルター等一切合切購入して、生き物係としてのお世話がめでたくスタートしたのでした。さびしいだろうと新たな金魚を購入したり、狭いだろうと水槽を増やしたり、水質を調べ調整したり、時間が許せば水槽を洗ったりと、日を追う毎に金魚の住む環境は改善されていきました。少しでも様子がおかしいと、金魚専門店に電話をし、飼育のしかたについてアドバイスもしてもらいました。自分が手を加え、気持ちよさそうに泳いでいる金魚たちを見ているだけで幸せな気分になれたものでした。私が金魚たちのいのちを守っていることにある種の充実感があったのです。おもしろいもので、それぞれの金魚には性格の違いがあることはもちろんのこと、金魚社会にも複雑な力関係があり、自分のことしか考えないで?仲間を追い払ってえさに食らいつく金魚もいれば、じっと傍らにいて、食べられる機会をじっと待ち続けるおとなしい金魚もいました。新しく飼った金魚でも、すぐに仲間として馴染んでいる金魚や、仲間に加われない(加わらない)で一匹気ままに(さびしく)暮らす金魚もいました。その時その時に、いろいろな発見があり、金魚の様子に一喜一憂している自分がいました。学校でいやなことがあったとき、ビールを片手に金魚たちの姿を見ているだけでこころいやされ、促されないと何時間でも眺めている自分がいました。病気にでもなったのか力なく泳ぐ金魚を本当に心配しました。でも、金魚たちは残念なことに、生きている期間は明らかに長くなっていったのですが、やはり死んでいったのです。こころが痛くなりました。もしかしたらこのときから、今の前兆が少しずつ現れてきたのかもしれないと思います。

その中でも一番悲しかったのは、一番最初から生き延びていた和金の金魚が死んでしまったことでした。家に来た当初は2㎝ほどの小さな身体だったのが、8㎝ほどに大きくなっていました。一番大きなからだだったのと、一番の古株で偉そうにしていた和金でした。前日の夜まで元気だったのに、朝起きて水槽を見るとすでに力尽きていました。予期せぬ死に私はいたたまれない気持ちになり、落ち込みました。「寿命だったのよ」と妻は慰めてくれましたが、私には何の慰めにもなりませんでした。その日、学校から帰ってきて、ビールを飲みながらしばらく金魚たちを見ていました。そして酔いが廻ってきた時分、おもむろにすべての金魚をビニールに入れ、川に戻そうと心に決めました。妻に運転させて、金魚たちを川に解き放ちました。その時以来、生き物を飼おうとは思わなくなりました。

金魚にせよ、クワガタにせよ、同じいのちを持ったもの。金魚を飼っていたときの私がトラウマになっているところがありました。「いのちはいつか尽きるもの」そんなことぐらい頭ではわかっています。でも、いのちあることは受け止めることが出来て、死はどうしても受け止められなかったのです。3年前に、犬を飼いたいと言い出した子どもたちに最後まで抵抗したのも私でした。今となったら、現在の私につながるものを感じざるを得ません。元来生き物好きの私が仕方なく犬を飼うのに同意したのも、「すぐに命尽きることはないだろう」という、ある種の死からの逃避という思いからでした。

この世に生を受けたものすべては、平等にいのちを与えられ、いつか朽ち果てていきます。このことは、この世の真理だと思います。そして輪廻「すべての魂は、転々と他の人間や生物にうつりめぐり、永久に滅びることがない」ということばもあります。そこまで思いをはせることは到底できませんが、「生あるものはいつか死す」という当たり前の現実をまるごと受け止められれば、弱くなった自分やだめな自分を許せるようになるのかなあと思います。

長くなってしまいました。朝早く目が覚め(いつも5時前に自然と目が覚めてしまうのです。もうすっかりおじいさんになってしまったのでしょうか?)、いつものようにコンピュータを立ち上げていたら、自然と虫かごに目が行ってしまいました。「元気かな」昆虫用ゼリーを手にして、中をのぞきました。2匹のクワガタは静かに、そして寄り添うようにゼリーを吸っていました。「お前たち、仲がいいなあ」ちょっとほっとしました。たぶん昨日寝る前に、二男があげたのでしょう。「よかった・・・」少し嬉しくなりました。

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コメント

読んでいて涙が出ました。
私は小さい頃から実家で金魚、うさぎ、猫を飼ってきました。今では小さい猫が1匹います。
GTUさんの金魚の話は、昔の父の様子に重なる部分がありました。祭りですくってきた金魚でしたが、えさをあげるくらいでほとんど掃除もしなかった私たちに代わって、父がよく水槽の世話をしてました。
母が知人からうさぎをもらって飼ったときも、うんこが臭いと言って、最初かわいがっただけでほとんど世話をしなくなりました。うさぎの世話は、父や祖父がするようになりました。
私が中1のとき、姉妹3人で猫を飼いたいと言い出したときは、家には生き物はいなかったんですが、それまでのことがあったので父はかなり反対してました。それでも「絶対世話するから!」と言ってやっと許可をもらい、その頃には生命に対しての考え方も一応はありましたから大切に育てました。その猫は、去年の5月に私がG.W.に帰省したとき死にました。腎不全でした。帰るのを待ってていてくれたかのようでした。でも私は猫の異変に気付いてやれなかった。今でもそれは後悔しています。私のブログのプロフィールで使っている猫の写真がその子です。今ではまた別の猫を飼っていてその子も大切にしていますが、生きている物はみんないつか死ぬんだと思うと悲しくなってきます。やっぱり死んだときは辛かったから…。でも、生きている間は精一杯愛情をそそいでやりたいと思うし、そうすることで私自身もその子からたくさんたくさんパワーをもらってるように思います。
…なんか実家にいる猫に無性に会いたくなってきました。なんかまとまりなく長々とごめんなさい(^_^;)

投稿: かなりんご | 2005年7月12日 (火) 06:10

かなりんごさん、コメントありがとうございました。コメント読んでいて、こころにかなりんごさんの思いが響いてきました。本当にありがとう。プロフィールの猫さん(名前がわからないのでごめんなさい)の写真、そんな思いがあったんですね。しばらく写真を眺めさせてもらいました。穏やかな顔で幸せそうに寝ていますね。皆さんによほど愛されていたのでしょうね。その猫さんは目の前にはいないけど、かなりんごさんに思い出をそっと置いていってくれたんですね。今ボクの横で、ブログで紹介しているミニチュアダックスのはなが寝ています。昨日からちょっと体調をこわして元気がないので心配です。

投稿: GTU | 2005年7月12日 (火) 08:26

あの写真の猫は“くっく”という名前です(^^)おとなしくてこっちがちょっかい出さないと反応してくれなくてえさがほしいときと外に出たいときくらいしか鳴かない子だったけど、大学受験で勉強が大変だったときは隣にちょこんと座ってよく癒してくれました(*^_^*)ほんと、写真を見るといろんなことを思い出します。
はなちゃん、かわいいですね☆犬は飼ったことがないので(散歩に行ける人がいないので…)うらやましいです。元気がないのは心配ですね…(;_;)なんともなく早く元気になることを祈ってます。

投稿: かなりんご | 2005年7月13日 (水) 18:56

こんばんは。コメントありがとうございます。「くっくちゃん」ですか。どんな意味で名付けられたのでしょうか。呼びやすく、いい響きの名前ですね。くっくちゃん・・・いいですね。うちのはなは、もし私に娘ができたら、付けたい名前だったんです。何となくいいでしょう。単純で、呼びやすくて。おかげさまで、今日は食欲もあったし、音には敏感で(今日校長がきたときなど)力一杯ほえてくれていたので一安心です。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫!!

投稿: GTU | 2005年7月13日 (水) 22:07

くっくは、結構食欲旺盛だったので、食べ物に関係する名前がいいなぁと思っていたときにcookという単語を思いついて、ひらがなのほうがかわいいかなってことでくっくにしたんです(^^)
はなちゃんはそういう理由で付けられた名前だったんですね!たしかに呼びやすいしかわいい名前ですよね(*^_^*)はなちゃんの体調も大丈夫そうでほっとしました。人間と違って言葉でのコミュニケーションができない分、しっかり見ないとわからないこともありますもんね。でもホントよかったよかった☆

投稿: かなりんご | 2005年7月14日 (木) 00:54

かなりんごさん、おはようございます。くっくちゃんの名前の意味、よくわかりました。とってもおしゃれでナイスな名前だと思います。はなって単純で、純和風!!ぽい名前なので、家族の抵抗も覚悟していましたが、結構あっさりと納得し、気に入ってくれています。言葉は確かにわからないけれど、仕草や表情で何を訴えているのかがわかってしまうから不思議ですね。ホント、心配かけました。ありがとうございます。今、お気に入りのいすの上で、グースカ気持ちよさそうに寝ています。

投稿: GTU | 2005年7月14日 (木) 05:24

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