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プライド

ボクはプライドの高い人間です。プライドがあったから今まで教師としてがんばってこれました。でも、そのプライドでボクはつぶれてしまいました。

子どもたち、そして妻は今日、終業式でした。子どもたちも教師も、4月から4ヶ月間の学校生活を振り返り、二学期に向けて新しいスタートを切る節目となる大事な日です。ですからこの日にボクも、自分のけじめとして今までの自分のことを記そうと思ったのです。

ボクは小さい頃から気を遣う人間でした。それは幼い頃の生活背景から培われたものです。(よければ「人のために生きよ」を見てください)先天的に粗暴な面も持ち合わせながらも、人に気を遣うようになってしまったボクは、だんだん「優しい人、いい人」としての役割を果たし、いつの間にかちやほやされる人間になっていきました。周りからも信頼され、友達もボクのことをそんな目で見ていきました。

教師になってからも、俗に言う「いい先生」としてみられてきたと思います。問題行動を起こした生徒を「その子のため」と厳しく指導したことは数知れず。でも今のように教育委員会や校長にダイレクトに苦情があげられるということは皆無で、生徒や保護者から全幅の信頼を受ける教師だったと思います。それから教師経験を重ねるごとに自信が自信を呼び、怖いものはなくなっていきました。授業では社会科が嫌いだった生徒を好きにさせたり、部活動でもともに汗をかき、それなりの成果を作り上げていくことに自信を深め、プライドは揺るぎないものになっていきました。

順風満帆だった若い頃と比べれば、中堅の年になり、若いときには感じなかった授業や部活動指導の難しさで壁にぶち当たったこともありました。でも、今までの経験と必死の努力で回避することができました。そうこうするうちに、一般企業やセンターに長期研修に行き、期待を一身に受けることになったボクは、鉄壁の防御と攻撃を兼ね備えた教師になっていったのです。しかし、そんなボクはもろくも崩れ去ってしまいました。

鉄壁の防御と攻撃を備えていたと思っていたボクの教師生活におけるプライドは、ズタズタになりました。ボクのプライドっていったい何だったんでしょう。

プライドとは「自尊心、自負心、誇り」です。今まで、子どもたちにことあるごとに「プライドを持て」と言ったこともありました。でも、どうやらボクのプライドは、人から有益な人間であると認められ、人より勝っているというつまらない優越感から得ていたものであることが、休職をしてやっとわかりました。気づくのが遅かったけど、仕方ないです。

今日の午後、予想もしない先輩教師が自宅に来られ、文書を届けてくださいました。先輩教師は一昨年まで同じ学校で、今年の異動でボクの学校に来られた先生でした。でもその先生をボクは見下していたことがありました。5分程度でしょうか、その先生と家族連れで行った釣り堀の話や部活動の近況について話しました。そして最後に、「ゆっくり休んでまた一緒に仕事をしよう」と言ってくださいました。今までの自分を許してください。そして今日はボクのために時間をとっていただいて、本当にありがとうございました。ほんとに馬鹿なボクです。

自分でケジメをつけようと書き出したのに、まとまりのない文章になってしまいました。ごめんなさい。

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