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人のために生きよと・・・

  私は小学六年生の途中まで、自由奔放に生きてきた。自由奔放すぎて、幼稚園や小学校の先生から言わせれば、ガキ大将、悪ガキだった。まわりの友達からちやほやされ、一目置かれる存在であった。怖い存在の親父の前ではいい子で通し、学校では自分自身を持てあまし、次第に気持ちが荒み、同じように荒れている友達と群れをなした。力で何でもねじ伏せ、まわりはそんな自分を恐れた。今でも心が痛むが、友達がやっているいわれのないいじめ(拷問)を見過ごし、止めようともしなかった。私自身も些細なことを理由にして何人のクラスメイトを傷つけたことか。当時の学年の先生を思うに、私をどこのクラスに入れるのか、クラス編成会議には相当な時間を費やさせただろうし、紛糾させたのではと察する。

   家庭では親に逆らわない模範的な子ども、学校では問題児、相反する中途半端で矛盾した自分のことを本当に好きになれなかった六年生の冬、到底信じられないことが起きる。ある日突然仲のよかった悪ガキの友達全員が私を無視しだしたのである。理由は定かではないが、思い当たる節は感じることができた。

調子に乗りすぎたんだ・・・・。

急に群れからはじき飛ばされ、一人ぽっちにされた。私はこのことに相当なショックを覚え、小さいながらにプライドはズタズタにされた。それから学校に行くのがつらくてきつくてしようがなかった。しかし休むことは負けになると思い、必死に学校には行き続けた。不思議なことにはずした仲間を恨むことは一切なく、こうなったのは自分の責任だと自分を責めた。

「もう同じ思いはしたくない。だから、自分を変えよう。そして、もっと人の気持ちを気遣える人になろう」

と幼きながら心に誓ったのである。そんなどん底の中でも前向きに自分を見つめ、希望を見いだせたのは、6年生の担任のY岡先生からの励ましだった。生まれ変わった自分の心の中は誰もわかってもらえないだろう。しかし、いつかきっとそんな思いで生きている、新しい自分をわかってくれる人が現れる。そう信じて頑張っていこうと思った。
 

  しかし地元の中学校、高等学校に進学したが、はずされた仲間が数多くいる以上、外されたことをいつも引きずらざるを得なかった。目立たず、自分を殺しながら自分の居場所を見つけるために必死だった。中学・高校での選択教科やクラブ活動などを決めるとき、メンバーを確認し、メンバーによっては自分の希望をあきらめなくてはならないこともあった。6年間の学校生活にプレッシャーを感じ、つらい思いをし続けた。しかし、それでも頑張れたのは、生まれ変わった自分を理解し、支えてくれた仲間の存在であった。それが先述した日の丸男Y口氏である。
 そんな自分に転機がやってきた。たまたま地元から離れた都市圏内の大学に合格することができ、地元の高校まで抱えていた呪縛から解き放たれるときが来た。まわりには私のことを知っている人間はほとんどいない。自分らしく生きることができる環境が私を待っていてくれた。本当の自分を出したい。心から毎日を楽しく過ごしたい。そんな願いで過ごした学園生活で生涯忘れない楽しい思い出ができ、かけがえのない先輩や友人にも恵まれた。在学中、何をするにしてもみんなの先頭を走り続け、そんな私にまわりの人たちも信じてついてきてくれた。恋もしたし失恋もした。ここでは書けないような失敗もした。しかし私のまわりにたくさんの人たちがいてくれて、利害関係にとらわれなく共に笑い合える仲間がいるだけで嬉しかった。そしてアメリカへ・・・。
 

  自分の生きてきた人生を振り返ると、もしかしたらこの闇のささやきは天からの声かもしれないと思った。人ともっとかかわれと。人のために生きよと。そして今の自分に満足せず、もっと自分らしく成長しろと。

   

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